2008年12月  HUMMER ESSAY 2009年1月      

2009.1.27.-2    石飛 毅氏

寝不足の解消には時間がかかっています。
おまけに風邪も引いたみたいですけど、今日から娘のいるオーストラリアに行って来ます。別にオーストラリアには興味が無いので、当方の中では余り盛り上がっていません。ゴルフとかダイビングの人には魅力的な所なんでしょうけど、多分、風邪を治すための療養しに行くような感じです。
荷作りをしながら考えてみたら、オーストラリアは夏なので、夏物を引っ張り出してウォークショーツとか見ても、この寒さじゃピンと来ません。紫外線が強いと言うのでサングラスも持ちました。海には入るのか?とりあえず何にも予定を決めていませんから、行き当たりバッタリなので、必要なものは現地調達する事にしてトランクに入れます。
飛行機はJALなんですけど、最近は事前にネットで座席予約が出来ます。案外、早い時期に座席を取りましたけど、空席は殆どありません。どうも、今、オーストラリアでやっているテニスが原因で、娘の話では物価も上がっているそうで、現地ではテニスは不評みたいですね。
一応、パソコンは持って行きますけど、ネット環境は不明なので繋がるかどうかは解りません。

2009.1.27.    石飛 毅氏

お相撲ネタ最終版です。
運転手2日目の日曜日は、優勝する可能性が物凄く高く、当方もスーツで運転手さんを勤めました。朝10時に待ち合わせしていたので、遅れる訳にはいきませんから、ちょっと早めに出ました。マイバッハの車両間隔と癖も掴んだので、運転の方は全く問題なしで、多分マイバッハを運転させたら日本で3番目位に速いかも。早めに出たためか、首都高も順調で自宅から1時間も掛からないで、9時には帝国ホテルに到着。正面入り口のスタッフも、本日はスーツだったためか、昨日よりも高待遇な気がしました。
お客さんのお友達が宿泊している錦糸町の東武ホテルに向かい、お客さんをピックアップしてレストランに送り届けました。しかし、マイバッハを置けるような駐車場が無いので、当方は空いている工場団地で待機する事にしました。従って、この間、足らない睡眠時間を補うために仮眠。
その後、高砂部屋に寄って、浅草浅草寺とか、アサヒビールを見学してから国技館に入りました。通訳と当方は、寝不足ですから、マイバッハの後席でしっかり仮眠していると、取り組みまで後1時間チョッとしか無いのに、今から横綱のお父さん、妹さん、娘さんを迎えに言ってくれと言うので、慌てて豊洲まで迎えに行きました。丁度、その頃、スカイオートが両国に到着して国技館の中に入った模様。豊洲に到着の連絡を妹さんにしたのですけど、中々出てきません。彼女が、お父さんと娘さんの支度をしているので大変なんだろうと言う感じです。妹さんには始めてお逢いしましたけど、日本語はバッチリで、小柄で美形。横綱とは似ていませんで、とても良い子で。。。オット。妹さんは横綱の取り組みは怖くて見れないそうです。3人を乗せましたけど、お父さんとおじょうちゃんはモンゴルで逢っているので、当方も気兼ねはいりません。逆に、おじょうちゃんが当方に馴染みすぎてリクエストが多すぎ。だけど、子供特有の我がままが無いので負荷にはなりません。お父さんは、元モンゴル相撲で上位を勤めていましたので、体が大きくガッシリシテイマス。以前書きましたけど、横綱のお爺さんはゲル(モンゴルの移動式家屋)を畳んで、その上に椅子に乗せたお婆さんを乗せて担いだそうです。これは映画化されているのですが、まだ見ていません。
国技館には、取り組みの10分程前に到着。ここで思ったのですけど、当方がギリギリでお迎えですから、スタッフのパニック振りが良く解ります。当方は、そのまま、マイバッハを『ちゃんこ屋』さんの前に停めてココで待機。ちゃんこ屋さんの内部は未だ内装屋さんがいるようで突貫工事中。店の前では、ドルジケーキが限定150個で販売されていましたので、6個購入。おまけのステッカーも貰いました。当方は、マイバッハのテレビで相撲観戦をしていましたけど、ちゃんこ屋さんの前に沢山いる報道陣やスタッフは、ワンセグ携帯で観戦していました。
本割は、なんかお互いにけん制したためか、ふんわり立ち上がり『待った』になりそうな感じでしたが、白鵬がそのまま。。。朝青龍は、そのまま何もさせて貰えず負けてしまいました。当方としては、ちゃんとガップリになっても、今の朝青龍の気迫と技量であれば全く問題なく勝てると思ったので意外でした。決定戦での相撲が本来の相撲だと思います。まぁ、盛り上がりましたので、全勝優勝は今後の楽しみにしたいと思います。
優勝パレードは、国技館から、高砂部屋までです。パレードは、ちゃんこ屋さんの前で見ていましたけど、ココは国技館の正面ですから写真を撮るには絶好の場所です。当然、最前列にはテレビカメラが何台も並んでいますし、その何倍も報道カメラマンが並んでいます。当方はマイバッハを置いてあるので、そのスゲーカメラと一緒に並んでG10を構えていましたら、スカイオートが爆笑。因みに、オープンカーにはお嬢さんも乗っていましたけど、そんな話は聞いていませんでしたから、ビックリです。
パレードの後に、高砂部屋後援会の打ち上げがあるので、そこへお客さんをお送りする指示をされていたのですけど、パレードが去った後、妹さんが当方の所に来て『寒いのにオープンカーに乗せられたので、暖めてあげたいから直ぐに高砂部屋に行きたい。』と言うので、慌てて高砂部屋に向かいました。高砂部屋の前に付くと、近所の人と、これまた、たくさんの報道陣で溢れてて、マイバッハの入る隙がありません。交通整理のお巡りさんも沢山いて、『入るな。』と言うアクションをしていましたけど、マイバッハドライバー全国3位の当方は隙を付いて強引に入り込んで進入。無事お嬢さんを救出しました。
そのまま、両国第一ホテルに向い、その途中ではお父さんが家族にズーッと嬉しそうに電話していました。両国ホテルの予定表を見たら、色々な相撲部屋が打ち上げをしていました。ココでは、初めて生高砂親方を見ました。ココでも横綱は大人気で、おじいさん、おばあさん、子供、おネエが一緒に写真を撮ろうと必死になっていました。この後、横綱はNHKに生放送出演するため、NHKの用意したハイヤーで向かうのですけど、ホテルの入り口からハイヤーに乗り移るチョッとの『お姿』のために報道陣が山の様にいます。彼らの貪欲さには驚きです。残された我々は、ちゃんこ屋さんに戻りましたけど、ココにも山のような報道陣が既に待機。ただ、ちゃんこ屋さんにいる報道陣は、NEWSの他に、ちゃんこ屋さんのリポートする報道陣もいたので、余計多かったみたいです。
ちゃんこのリポートは、入れ替わり立ち代り、店長さんを横に座らせて同じような事を繰り返していました。試食のちゃんこは毎回入れ替わるので、勿体無いですから、一通り撮影が終るとカメラとかライトの人達に食べて貰っていました。店も大変です。
横綱がNHKから帰って来て、乾杯した頃、凄いお客さんが来ました。元横綱の曙です。曙さんと一緒に写真を撮りましたけど、とにかくデカイ!山の様です。曙さんはブログをやってて、その中でズーッと朝青龍の応援をしていたというか、復活すると予想していました。横綱経験者にしか解らない何かが見えていたのでしょうか。ここで曙さんに会えたので、当方としては運転手さんをやって良かった。
この後、都内某所に向かうたんめ、横綱はマイバッハに乗り込みましたので、何時も横綱の乗る車の運転をしている人に変ってもらったけど、ナンバーが違う!あれ?前にもマイバッハが!マイバッハが2台ある。どうも、このマイバッハは本田医師のマイバッハだったようです。とりあえず、当方のマイバッハを、本田医師の運転手さんにお願いして、当方は、普段横綱が使っているメルセデスで横綱の家族を自宅に届ける事にしました。自宅に着くと、お嬢ちゃんは気持ち良さそうに爆睡。お父さんは膝が悪そうなので、当方が抱っこして連れて行きました。出入りの時に当方のHUMMERが駐車場に鎮座していたのを確認しましたけど、もう丸々2日間停めています。ココのマンションは来客車両のスペースはコイン式になってて、精算機の所まで行かないと料金は解りません。もう、ココまでの長時間停めてしまったので、今更料金が解っても仕方が無いので見ないで、都内某所に向かいました。
最終宴会場は超盛り上がっていました。何しろ沢山のおすもうさんが歌えや踊れですから迫力も満点。涙が出るぐらい笑いました。ただ困ったのは、この宴会終わりがまたくみえません。本田医師も翌朝テレビがあると聞いていたのですけど、かなり遅い時間までいらしましたけど、さすがにお帰りになったので、当方も、この3日間睡眠不足だったので、ソロソロ。。と思った頃、マネージやさんから駐車場代を渡されてたので、お言葉に甘えてメルセデスに乗ってHUMMERと入れ替えに向かいました。
メルセデスを自宅マンションの所定の場所に押し込んで、HUMMERを停めている駐車場精算機まで行って、恐る恐る『精算』スイッチを入れると、表示された金額は『14800円!』頂いた金額で十分間に合ったのですけど、2日間での駐車場代が当方の一ヶ月の駐車場代より高いなんて驚きです。さらに困ったが事が発生。この精算機は高い料金を平気で請求するくせに1000円札とコインしか使えません。そこで、駐車場のガードマンに両替できる所を聞いて、ガードマンの詰め所までトボトボ歩いて両替をしてもらって、再び精算機に戻ると金額が『15000円』になっていました。これって両替代200円取られたと同じ事ですよね。商売が上手いです。

2009.1.25.    石飛 毅氏

スカイオートと、一緒にお相撲を見に行ってきました。
強いですねェ〜。今回は、マイバッハをスカイオートが届けるついでがあったので、ゴージャスなマイバッハの助手席に乗っていきました。このマイバッハは、6.2と言うセミリムジンで、数字は全長を現しています。リムジンですから、後席は信じられない位の広さで、冷蔵庫も付いていました。テレビモニターも2個付いていますが、画面までの距離は1.5m以上はあると思います。前席と後席の間には、電動で開閉するパーテーションがあり、通常は透明ですけど、スイッチを押すと一瞬で曇りガラスになります。その場合は、後席と前席は、マイクで会話できる様になっています。面白いのは、リアシートに速度計と時計、そして何故か水温系?(もしかすると室内の温度計かもしれません)が付いています。排気量も馬力も知りませんけど、まるで新幹線のような加速をします。こんな車にスカイオートと当方はアンバランス過ぎて笑っちゃいます。この手の車は、後席に乗る車で、ドライバーは『運転手』です。
ただ、さすがにメルセデスのフラッグシップですから、動力性能だけでなく、運動性能も抜群で、曲がりくねった首都高も気持ちよく走れます。長いホイルベースのお陰で、硬い足回りでも、絨毯のような乗り心地なのはさすがですね。
国技館の座席は贅沢ですが、升席を取っていただきました。升席の代金って4人で、席代とお弁当、おつまみ、飲み放題、そしてお土産が付いて12万円です。チョッと高めですけど、ほぼ満席ですから、今場所の人気の盛り上がりは間違い無いですね。数十年ぶりに本場所見学をしたのですけど、テレビで見るより土俵が狭く感じました。あんな狭いんじゃーすぐ外に出ちゃいそうです。
お弁当は、特別に美味しいそうじゃないんですけど、シュウマイは崎陽軒です。その他の物は写真でご判断下さい。お土産は、これも写真を見て頂くと解るのですけど、何で?と思う小鉢がありました。この中で一番面白いのはバスタオルですね。
国技館は、案外、最近まで升席での喫煙はOKでしたが、今は禁煙です。そこで、お目当ての取り組みじゃない時にスカイオートとタバコを吸っていると、バカ丁寧な2人連れが来て『私、NHKの者ですが、受信料は。。。』じゃ無くて、『チョッとお話をお聞きしたいのですが???』とやってきました。スカイオートが『そういうのはこの人が良いですよ』と、言ったために、マイクは当方の方に向けながら『宜しいですか?』と遠慮がちに言うので『望む所です。』と、まじめに質問に答えました。
インタビュアーとしては、当方がアンチかファンか解らないので、軽く探りを入れて来たので、過ぐに察して『私は朝青龍のファンです。』と、答え、『今回、テレビを見てて余りにも面白そうなので見に来ちゃいました。』と、言うと、先方の目はギラギラしだして、『どんな所に魅力があるのか。』とか、『優勝の予想は。』と、聞くので、先方が望みそうな回答をしてあげました。ちょっと長くなったので、先方は切り上げたそうでしたが、もう止まりません。後ずさりするインタビュアーを追いかけて、まるで当方が寄り切りをしている感じが可笑しかったのか、スカイオートが転げながら、声を出さないで笑いこけていました。まぁ、思いを全て言えたので当方は満足ですが、余りにも片寄りすぎた意見だったので使われたかどうかは解りません。
取り組みが終った後に、おすもうさんは、支度部屋にあるお風呂に入ります。その後、報道関係者が取り囲んでインタビューがあります。支度部屋には色々な人がいますけど、テニスで有名な松岡修三さんがいました。身長は当方と同じぐらいなので、当方と空中戦で目が合いましたけど、彼はこの後、単独インタビューがあるみたいで、ガチガチに緊張していました。お気楽な当方と目が合ったので笑顔を送ったのですけど、何気なくそらされちゃいました。こういう時は身長が高いと色々な物が見えます。
キョロキョロしていると、次に見つけたのは琴欧州関。彼にも笑顔を送ったら、ニッコリ笑顔を返してくれました。支度部屋の観察が終ったので、今度は外に出て、廊下でウロウロしていると、横綱が出てきて廊下を駐車場の方に歩き出したら、その速度にあわせて、大勢のカメラマンが写真を撮りながら移動しています。久しぶりに見る横綱は怖い顔をしながら歩いているので、とてもじゃないけど近寄りがたいのですが、これまた身長が高いので目があったので、マタマタ笑顔光線を送りましたが、そのままパスして行きました。しかし、思い出したように振り向いて『トビちゃん何時来たの?』と、聞かれたので、とっさに『今日』とだけ答えたのですけど、この会話ってなんか辺な感じです。何時来たの?って。。。この様に、彼の日本語は思っている事と出た言葉が時々理解できません。これが、色々誤解される理由なんですけどねぇ。。。
全勝街道をまっしぐらなので、故郷のモンゴルから色々なVIPが来ています。とてもじゃないけど、当方達の出る幕じゃないので、スカイオートとその仲間達で、TKOと言う芸人のお兄さんがやっているお店に行って、打ち上げをしました。ココの食事は中々美味です。六本木と言う場所は、お高めな所が多いのですけど、競争も激しいためか、案外リーズナブルでした。

翌日、ガレージの作業を始めた頃に、横綱のお世話をしている方から電話。優勝がほぼ手中にあるためかドンドンモンゴルから要人が来ているので、その方々の送迎をマイバッハで行なうのですが、マイバッハの運転を安心して任せるメンバーがいないので困っている様子。実は、その前にスカイオートからも電話があって、何気なく当方の様子を伺いつつ、『そんな話があるんですよね〜』と言ってたので、どうも当方に振った感じがしました。その後、スカイオートに電話しましたけど『そんなことありません。』と、言い訳していました。実際はそんなことどうでも良くて、まだまだマイバッハにも乗りたかったし、困っている時はお互い様とうか面白そうなので、快諾。
ガレージを飛び出して、高速を乗り継ぎ、目的地の豊洲にソロソロというときに、黒いH1を前方に発見。よーくみると、それは田辺さんのHUMMERでした。チョッと急いでいたので、チラッと会釈だけして、バイバイしました。
当方のHUMMERを豊洲に置いて、マイバッハに乗り換えて通訳さんと2人で向かった先は『帝国ホテル』。車寄せにマイバッハを入れると、今までされたことの無い高待遇。ベルボーイにお客さんをお迎えに来た事を告げると、正面玄関前にマイバッハを置かさせてくださいました。ただ、当方の服装は、サンダルにチノパン、そしてトレーナーですから、ホテルの人も『一体何なんだろう?』と言う感じでした。ホテル前には、当方以外にもメルセデスのハイヤーとか沢山止まっていましたけど、運転手さん達にもジロジロ。。。。説明してあげたいけど、皆、目を逸らすんです。。
国技館に着くと、お腹が空いたのに気が付いて、お弁当を購入。一応、ファンですから『朝青龍弁当』を購入、最後の一個でした。背中を丸めて一人でお弁当を食べてから、お相撲見学にシフトしたら、昨年、写真集を撮影した『野村誠一』さんが、デカレンズをつけたカメラを構えていました。再会の挨拶をして、色々話をしていると、車の撮影をした後、そのときのモデルさんも一緒に来たようです。『小泉麻耶さん』と言う方で、来週の『ヤングマガジン』の表紙になるそうです。余り若い子には興味が無いのですけど、先生に勧められて、結局、鼻の下を伸ばしながら2ショット撮影しやいました。
その頃、松原さんから電話があり、当方のHUMMERを豊洲で発見したので連絡がありました。マイバッハの運転手をしている情報をゲットしていたらしく、当方の労をねぎらってくれました。取り組みが終わり、当然、勝ち。ただ、他の取り組み次第では、土曜日の優勝もあったので、少し残念でした。その後、帝国ホテルで美味しい物をご馳走になり、そのままマイバッハを返却に行きましたら、横綱は、当方のHUMMERを発見して細かい所を色々チェック。色々感心してヨイショしてくれたので、当方としては大満足。そのまま気分が良くなってしまい、日曜日の運転手も引き受けてしまいました。。。
また、帝国ホテルに行くため、結局、マイバッハを当方の自宅にお持ち帰り。自宅近傍で、道路にタムロしている若者がいたので、どいてもらおうとしたら、我が息子。バイトの帰りらしい彼は、マイバッハを見てビックリ!『乗せてください、お父様。』と、言うので一回り。とても喜んでいたのですけど、一応『是非、将来後ろに乗るようになれ。』と言っておきましたけど。。。。

2009.1.22.    石飛 毅氏

クドイですけど、この話題は今場所だけにしますから、もう少し我慢してください。
で、結果は11連勝です。もう嬉しくて仕方上がりません。何事も体力だけでは無く、精神力と言うか気合が重要だと言う事がヨーク解ります。
当方の家で、メインの車として使用しているHONDAのスパイクと言う車ですが、家族の足として十分役立っています。特に、3人の子供の運転練習台として、車体の助手席ドアと屋根以外は全て板金塗装の洗礼を受けていますので、まさに満身創痍です。今週も下北沢の狭い道でバンパーを確り凹ましてきました。
そのスパイクで、一番下の愚息に車庫入れの練習を一時間位させたところ、急にパワステが重くなって簡単にハンドルを回せなくなりました。まだ、新車だったのでディラーに聞いた所『問題無い』との回答でしたが、その原因は不明のままでした。その後、練習の様に過酷に使っていないため再発はしませんでした。ところが、3年目の車検間近の昨年末にリコールのお知らせが届きました。その内容は『電動パワステの不具合』との事で、ディラーに持って来いとの事でした。仕方が無いので、ディラーに連絡すると『どうせなら車検も一緒に。。。』という事になって、高いのは覚悟で見積もりを取りました。
最初の見積もりは、諸経費別で9万円弱。特別な項目としては全てのオイル交換、エアコンのフィルター、エアクリーナーの交換程度で、ブレーキパッドの交換も無くてこの値段です。余りにも高いので、内容を聞いたらオイルフィルターの交換工賃が2千円強と凄い値段です。アワーレートが8000円なので、標準工数を入れると仕方が無いというので、『見えるフィルターを交換するだけなのに、いい加減にしろ!』と言い引き上げない代わりに、まけて貰いました。色々相談の結果、7万円強で折り合いが付きましたけど、噂以上にディラーは高いですね。因みに、以前スパイクの兄弟車のモビリオのオイル、フィルター交換、エアクリーナー交換を行いました。交換部品はネットで買ったので、部品代は3000円程度で済みましたけど、これをディラーに出したら10000円を越えてしまう事になります。これじゃーディラーには出したくない気持ちが解ります。
車検が終わり、引取りに行った時に、車両の保障期間の延長を勧めてきました。普通車には保証が付いてて、その内容によって3年と5年に分かれています。17000円払うと3年保証の物が2年延長されるそうで、内容を聞いた所、オルタネーターとかスターターとかも対象だそうで、万が一その辺のパーツがお亡くなりになった場合、保証してくれると言う物です。世界のHONDAですから10万キロ位問題無いと思ったので、当然お断りするつもりでしたが、当方のいる間、お客ゼロの状態でサービスの方も売り上げを上げるために余りにも必死だったので、人の良い当方は何を考えたのか、延長サービスに入ってしまいました。
まぁ、家族が乗っている間に壊れても、任意保険のロードサービスでHONDAのディーラーに持ち込めばどうにかななるなら良いかな?と思ったし、お金の出所も当方の財布では無いので、入ってしまいました。
そんな訳で、サービスの方も気分良くなったのか、世間話を少ししました。このサービスの方は元々無限にいた人で、レースパーツを作っていたそうですが、色々あって、今はディラーのサービスマンをしているそうです。無限時代は車もバイクも色々チューンしたり走りこんでいて、チョッと前までジムニー、ランクル80に乗ってクロカンをしていたというので、『今は何に乗っているのですか?』と聞いたら、『実は車に興味が無くなってしまったんです。』という拍子抜けの回答。四六時中車に触っていたら詰まらなくなってしまったそうです。年齢的には当方の少し下なんですけど、ある線を越えてしまった年齢なんでしょうか。
確かに、当方も車と平行してラジコン、自転車、スキーに夢中になって、四六時中そのことばかり考えていた時期がありましたけど、どれもスッカリやっていません。まぁ、車は上記の趣味のための道具としての意味合いもありましたが、今みたいにコシを据えてやっていた訳ではありませんし、HUMMER歴もまだ14年目ですから、サービスマンの様に燃え尽き症候群になるまでは、まだまだでしょうから幸せだと思いました。

車を取り巻く環境は厳しいですね。ガソリンは安くなったし、高速道路料金も安くなる話が出ていますから、車を取り巻く環境と言うより、車そのもの販売不振が問題だという事になりますね。随分前になりますけど、DIESEL車の首都圏乗り入れ規制が始まった頃に、この規制はユーザーにとっては厳しい事ですが、メーカーに取っては追い風になるので、メーカーはユーザーの事を考えていない。知恵の無い行政がDIESELエンジンの規制や、オミットする事で国内メーカーのDIESELエンジンの開発が止まってしまうためによる世界からの立ち遅れが起きてしまうと書きました。
昨年末からの国産メーカーは、販売不振で売り上げを落としていますけど、あの時にDIESELエンジンの研究を推進して置けば、もう少しマシだったと思っています。この世界的な不況時でも、まだ日本の車自体は他に比べて有利なのは、小型車中心だと言うのは明白で、アメリカ車と同等であるタンドラの売上げは不振です。
タンドラは、チョッと前までアメリカのピックアップより人気があり、売り上げもドンドン伸びていましたが、、アメリカの大型ピックアップは既にDIESEL化が進んでて売り上げ自体は落ちてはいますけど、タンドラほど悲惨じゃありません。現に、ヒロシのDIESELシルバラードは折角ブレーキテストを取ったので、スカイオートも輸入しようと思っていますけど『タマ』が無いそうです。大排気量ガソリンエンジンが大手を振っていたアメリカでさえ、DIESELにシフトしています。
これに対抗するには、タンドラも早急にDIESELエンジンの搭載をすれば、その品質の良さから販売量を増やせる事は間違いないと思います。しかし、ビッグ3がへこたれている時期にそんな物を出すと、住み分けのバランスが崩れて国際問題になるでしょうから、そう簡単には行かないかも知れませんね。

オーストラリアに行くため、最近は為替の動向を見ていますけど、明らかに円の一人勝ち状態は続いていますね。これは、金融機関の安定度が高いと言うのも要因でしょうが、バブル前の日本の金融機関も優良だったけど、こんな事にまではなっていなかったと思います。その当時よりグローバル化しているので、簡単な話ではないとは思いますけど、やはり日本製品の優位性が今の地位を確保していると思います。確かに、韓国製に押されていると言うのは良く聞きますが、それはあくまでも韓国は、上には日本、下には中国が迫って、その狭間で偉い苦労しているからです。価格的は中国に、品質では日本と戦うのは偉い大変ですから、最近の韓国の落ち込みは激しくなっています。
日本のメーカーも、中国生産にシフトしていましたけど、これは世界マーケットで戦うための物で、ブランド力を生かしての廉価版に限っての事です。その理由は、日本の生活品質が余りにも高いので、海外向けの製品は日本製である必要がないからです。日本の生活品質が高いというのは、今、私達が送っている環境を海外で得れるのは、ある程度のホテルとか大きな都市の一部だけです。例えば、何処でも飲める水、水洗トイレ、連続式にお湯が出る、買い物の便、治安、病院、警察、教育レベル、公共場所でのマナー、そして美味しい安全な食事。
例えば、先進国だと言うアメリカのロサンゼルス空港のトイレでも、日本のローカル空港のトイレよりキタねーです。結構、高級なレストランのトイレだって、日本のファミレスにも負けると思います。ホテルだって、何故か日本のトイレの様に安心して流せる水力が有りませんし、当然、ウォシュレットなんて見たことありません。先日、長女がオーストラリアに行ってきましたけど、印象を聞いたら『汚い、不潔』という答えでしたので、想像が出来ます。トイレの話ばっかりですけど、ロシアのサハリンに行って来た時、トイレは筆舌に尽くしがたい『穴』でした。
ATMが壊れているなんて事は、日本では殆ど見当たらないし、もし壊れていようものなら大騒ぎです。でも、アメリカは電気が付いていても『動いている?』と言う感じで、出て来たお金が『偽ドル』じゃねーよなと思う雰囲気です。それ以外に壊れているのは『形があるものの宿命』と思う事が大前提です。エレベーターが止まる時のショックは膨大で、スーッーと止まるエレベターなんて殆どありません。海外に対する憧れや夢はあるので、最初は多少の事は許しましたけど、最近は海外に色々出向いて生活品質と言う面ではどの国も劣っていると言い切っています。家電品も。
当然、それ以外の景色とか文化とか芸術とかイッパイ魅力はありますので、全部劣っているとは思っていませんが、今、オーストラリアにいる娘から電話で、黄色い水を飲んでいると聞いたときに『ヤッパリ!ダメジャン』と思いました。なんで、こんなに日本の生活品質が高くなったかと言うと、色々言うけど政治もそんなに酷くはないし、国土が狭い、水資源、家では靴を脱ぐからじゃないでしょうか?
国土が狭いというのは、色々知恵を絞らないと生活が出来ません。収納、合理的な住まいは海外では中々目にする事が出来ません。従って、日本の生活品質が上がったのは、狭い都市部からだと思います。家屋も狭いため、掃除も行き届きますので、清潔です。また、自分勝手な行動で家族や近隣に迷惑を掛ける事がないようにする気配りが身に付きます。逆に、多少の雑音があっても集中する事も出来ます。常に他人の目がありますので、互いに監視する事になりますので、治安は上がります。ゴミを捨てる場所も少ないので、焼却場などの研究が進みます。
国土が狭いのは物流面でも有利で、尚且つ、海に囲まれているため海運にも有利です。稼働時間に占める移動時間も少なくすみます。電気、ガス、水道などの生活インフラも狭い国土は無駄な部分が少なく設置ができます。豊富な水資源は、農作物の育成には役立ちますし、何かあっても簡単に水に流せます。幾ら石油が出ても、それでは顔も洗えないし、喉を潤す事も出来ません。生きていくために本当に必要なのは、本当は石油より水なのです。靴を脱ぐのは寝床と生活エリアが重複するためですが、定置型農耕民族は、狭くとも常駐家屋であった事、雨の多い気候ですから、ちゃんと床があったからでしょうね。長年住む住まいは、長持ちする事が大前提ですから、もの作りが丹念になったのでしょう。
そう考えたら、段々、オーストラリアに行くのが面倒になってきちゃいました。。。

2009.1.21.    石飛 毅氏

昨日の続きですけど、横綱が10連勝です。
クラブ員の応援が届いているみたいです。。。それも、不調な日馬富士が白鳳を満身の力で倒した後で、プレッシャーを感じながら立会いでは不利になりましたけど、体制を入れ替えての勝利!ただ、昨日、心配した事ですが、左肘に痛みが走ったそうですが、取り組みの直後に痛みが出たそうですけ、もう大丈夫だそうです。一安心。まあ全勝街道を猛進して欲しいです。
パナソニックのG1に興味を持ち『☆ィー!』モード全開で、最近は写真マニア定番の植物とか鳥を撮ろうとしましたけど、鳥のほうはガレージの近所には中々いません。そこで、ガレージの花壇にある植物の写真を撮りましたけど、中々思うように撮れません。要するに腕が無いことだと痛感して、暫くはCANONのG9を愛機として使用する事にしました。それでも、まだG1への憧れは持っています。そんな折柳本さんからG9の後継機としてサブカメラに使用して居たG10が支給されました。G10は、G9から大きく変わったのは、広角が32mm相当から28mm相当に変わりましたので、ワイドコンバーターレンズは不要です。画像処理プロセッサーもDIGIC VからWにバージョンアップしています。従って画素数も14.7Gとコンパクトカメラとしては最大級です。
見た感じは、G9よりグリップ部分の出っ張りが大きくなって握り易くなりました。操作ボタンのレイアウトは角度等は変わりましたけど、殆ど同じで、操作ダイヤルの位置が少し変わりました。撮影する上では、スイッチを押してからの起動時間が短縮されました。短縮された時間は一秒位下だと思いますけど、押した後のタイムラグは当方の脳みその反応と同じ位になったので、電源ボタンを押してからの『押せた?』と考える様な事がありません。
今回は、未だカメラケースと予備バッテリーを入手していません。乱暴な当方としては先ずはケースをゲットしなくてはなりません。G9にはレテコンバートレンズとワイドコンバートレンズを購入しましたが、先に書いたように、レンズが28mmになりましたので、ワイドコンバートレンズは購入しません。テレコンバートも使ってみて様子を見ようと思います。G10を入手するのは事前に解っていたので、幾らなんでも2台あっても仕方がないので、これらの全ての機材は、以前からG9を羨ましがっていたスカイオートにそのままそっくり移動する事にしました。その代り、スカイオートからG10のバッテリーとケースが来る事になりました。
当然、G10は当方仕様にチューンナップしました。前回同様、レンズの周りを赤にして、同じ色のHUMMERの文字を入れたらカメラにシマリが出ました。当然、乱暴者なので、液晶の保護シートも貼り付けました。とりあえずプレデビューは大相撲初場所で、本格的なデビューはオーストラリアツアーになります。

鎌倉時代から、大阪との海運が盛んな酒田は、美味しい物が沢山あるのは先生の所にお伺いした時に感じました。関東も美味しい物があると思っていますけど、京都や大阪の方が歴史は長い分、日本の伝統的な物は関西の方が長けていると思います。現に、京都の方は東京は仮の都だと思っていると聞いています。現に羊羹で有名な『虎屋』も、東京に本社があって、東京土産として扱われていますけど、元々は京都です。明治天皇が東京に取れてきたと聞いた事がありますが、その真偽はわかりませんけど、明治の初期は東京は支店でした。
年末には、セキュリティ屋さんは実家が和菓子屋さんなので、年末に御餅を送ってくださいました。関西の御餅は、関東の切り餅と異なり、丸い餅でした。喪中とは言え日本人ですからお正月は餅を食べましたが、家族の評判は切り餅より送って頂いた餅の方が好評で、雑煮に入れても、焼いても美味しかったです。丸い餅の方が、表面積が小さくて、中の水分が出にくく、熱が均一に伝わる様な気がします。また、焼いたときに内圧が上がっても破裂するまでの強度が高い様な気がします。
そして、今回は柳本さんがデジカメと同梱して話題を提供してくれました。当方が好きな食べ物はカレーとバナナであることは、何度もココで書いています。モチロン、他にも好きな物はありますけど、この2品は子供の頃から大好きなので、好物として挙げています。
逆に嫌いな物と言うか苦手な物もあります。当然、子供の頃は大嫌いだった物でも、大人になって味覚が代わり、むしろ好きになった物もあります。
しかし、子供の頃から頑なに苦手な物は。。。『梅干』と『トマト』、そして『お酒』です。トマトは『どちらかと言うと遠慮したい』で、トマトソースとかはOKだし、固まりもモスバーガーに挟んであるのは他の食材で味が誤魔化されるためか、普通に食べる事が出来ます。お酒も、体には合わないし、美味しいと思わないので高い物ですから無駄になるので飲みません。後のことを考えなければ別に飲む事も可能ですけど、これ以上お友達を減らしたくありませんので飲みません。
ところが全くダメな物は『梅干』です。なんで苦手かと言うと、あの酸っぱさが耐えられません。おにぎりに入っている場合も手作りの大きな梅が入っているものはNGで、市販でケチリ気味のおにぎりは大丈夫なので、梅干が苦手と言うより酸っぱい物がダメなんだと思います。そんな当方に柳本さんが『梅干を送ります。』と言われたときには、丁重に『梅干はダメです。』とお断りしましたけど、『藤原紀香さんが結婚式の時に使った引き出物だよ!』と言われて、ミハーな当方としては、興味津々で見せてもらう事にしました。
送ってくださった梅干は2種類で、『五代梅の心』と言う木箱に16個入った物と、もう一つは同じく木箱に入っていましたけど、その中に壷があって、そこに一粒だけ入っているそうです。とりあえず、会社で『五代梅の心』を開けて、会社の同僚に配布しました。中には当方と同じく梅干嫌いがいるのでは無いかと思いましたけど、全員『梅干好き』だそうです。みんなの感想として『この梅は酸っぱくない』と言うので、後輩がかじっているのを取り上げて試食しましたら、確かに我慢出来る酸っぱさで、酸っぱさ以外の『味』も解りました。しかし、『お代わり』するほどでは。。。。
それより、当方としては、自分の周りに『梅干嫌い』が全然いない事の方がショックでした。色々な人に『梅干好き?』と言うと『好き!』と言います。一番ショックだったのは『最近の甘めの奴はダメで、スゲー酸っぱいのが大好き〜』と言う大ばか者がいた事です。
家族も、義弟は好きだと聞いた覚えがあったので、家に帰って『梅干好き?』と聞いたら『梅干と聞いただけで、よだれが出ちゃう〜』と言う程のリアクションに、もう一人大ばか野郎を発見。馬鹿じゃないの?と聞いた所、亡くなった義父も大の梅干好きで良く通販で買っていたそうです。それなら一応壷の奴を仏壇にお供えをして、他の家族の帰りを待っていると一番最初に帰ってきた長女に『梅干好き?』と聞いたら、躊躇無く『うん』と言う返事に、マタマタショック!
壷入り梅干の話をしたら、『見たい!』という事になり開梱。桐の箱を観察すると、食品表示があったので、何気なく賞味期限を見てビックリ。書いてあった、賞味期限は2064年!悪いけど今40歳以上の人は全員死んでいるはずです。梅干を見ながら、コイツは当方より長生きなのかと思うと『悔しいです』。この桐の箱の中には、梅干一個にしては大きめの壷が入っており、恐る恐る取り出して中を開けると、そこにあったのは、在り来たりの梅干が一個と、何か黒い板に金粉が付いた正体不明の物が入っていました。
そこで、先ず一緒に入っていた板みたいなのを、少し舐めて見たら、とんでも無い酸っぱさに飛び上がってしまいました。この様な表現で『飛び上がる程の』と、良く書きますけど、本当に飛び上がる事は殆どありませんが、当方の場合は本当に飛び上がり、その後、床にうずくまりながら、なにか変な生き物の様にもんどり打って苦しがります。それでも折角柳本さんが送ってくれたので、本体の梅干の方も勇気を持ってゴマ粒ぐらいの量を口にしました。最初の一瞬は酸っぱさを感じなく『昼間のと同じ位じゃん』と思った瞬間、舌の先に激痛が走り、先ほどより数倍のた打ち回り、娘に嫌がれたのですけど、そう簡単に止められません。。。。このお陰で益々梅干が嫌いになりました。
今日の結論。酸っぱい梅干は拷問になりますので、当方の目の前に出さないで下さい。また、当方の前で食べるのも辞めてください。お願いです。。。

2009.1.20.    石飛 毅氏

当方の身勝手な好奇心で恐縮ですが、今、『おすもう』が楽しくて、ツボに嵌っています。
もともと『おすもう』は小学校の時に、背の順に並ぶ時に一番後ろを当方と競っていた同級生が、中学に入って暫くして伊勢浜部屋に入門してから興味を持ち始めました。別の同級生のお父さんが『呼び出し』をしてて、ワンパクな彼を推薦したらしいです。当時は、中学生でも入門できた様でしたが、実際に、土俵に上がっていたかは記憶にあません。高校生になった時には勝敗が新聞に掲載されてて、大学生の時には既に十両になっていました。その頃、国技館に本場所を見に行った時に顔を合わせましたが、当方は未だ半人前でしたが、もう立派な大人になっていたのに驚きました。
その後、何場所か十両を務めましたけど、激しいぶつかり稽古のためか網膜剥離になってしまい、案外早い時期に引退してしまいました。その後の彼の進路は噂では聞いていましたけど、随分苦労したみたいで、現在の所在は当方の知る由ではありません。その後の『おすもう』は、貴乃花、輪島、北の湖、千代の富士。。。。そして若貴時代を迎えて、大人気になったのは記憶に新しいと思います。当時はメインのお相撲さん以外にも、寺尾とか、増位山、小錦等キャラクターの強い人気者で溢れ返ってて凄い状態でした。当然、平日でも『満員御礼』の垂れ幕が連続で垂れ下がり、チケットはプラチナ化して本場所を見に行くのは大変な事でした。
その頃から、当方は色々な事をやり始めて、『おすもう』を観る余裕がなくなり、つい最近まで遠ざかっていました。しかし、昨年の名古屋場所から、スカイオートと一緒に相撲が盛り上がり、調子に乗って30年振りに本場所を見に行く予定を経てましたが、横綱は途中休場してしまい、中止。その後も休場が続いてしまい、中々行く事が出来ず、。今場所もメディアからの情報では出場が危ぶまれていましたので、もう見に行く事が出来ないかと頭を過ぎりましたけど、現実は大方の予想を良い意味で裏切って、初日から本日まで連勝を続けています。段々、感を取り戻したみたいで、スッカリ復活したみたいです。こうなると場所前に色々ネガティブな意見を言ってた人は、一体『何処に目を付けているんだ!』って言う感じですし、手のひらを返した豹変振りは、どっちが礼儀知らずで品位が無いんでしょう?
日曜日は、まだ幕内の取り組みが始まる頃に、何気なくチャンネルをNHKに合わせたら、元横綱である輪島が放送席で解説していたのにはビック。輪島って確か不祥事で親方を辞めさせられて、借金返済のためにプロレスに転向しました。当方としては『おすもう』からプロレスへの変更は納得できない事だったので、その頃の輪島を全く観る事がありませんでした。そのプロレスも引退した後、とんねるずのお笑い番組に出てきた時は、呪縛から取り放たれてホノボノとしていた輪島に好意を感じたので、良く見ていましたが、本来ならこんな所にいる人じゃねーンだけどと少し寂しかったです。
そんな、輪島が大相撲の解説席に座っていると言うのは、異例というか信じられない事です。同席のデーモン小暮閣下とアナウンサーのやり取りからすると、輪島が解説席に座るために、デーモン小暮閣下のなみなみならぬ推薦と言うか根回しがあったと察する事ができます。当然、NHKとしても、ある意味、相撲協会に背を向ける事になりかねない事ですけど、今、再び世間に注目され始めたこの時期に相撲人気を盛り上がるための大英断だったと思われます。アナウンサーの輪島に対する思いやりと言うか大横綱に敬意を持った対応は、とても好感が持てて、そのまま結びの一番まで、テレビに噛り付いてしました。
そんな訳で、ココの所、お相撲に触れる機会が増えて、何気なく見ているうち、お相撲さんの名前も顔も覚え始めてしまい、また相撲の面白さが解ってきた気がします。このまま横綱には、後の6日間に無理をして怪我をしないで欲しいと思いつつも、大暴れして土俵を賑沸かしてもらいたいです。因みに、横綱が前の海に『シュウヘイ!』と呼んだのが新聞に出ていましたけど、呼んだ相手はスカイオートの事で『前の海』の事じゃないのに、前の海が勝手に勘違いして自分が呼ばれたと思い込んだんじゃ無いかと当方は思っています。。。。多分。

2009.1.15.    石飛 毅氏

厳しい経済状況となっていますが、我々サラリーマンには、まだ、ピンと来ていません。一時期、街乗りでも5km/L以上の燃費で走っていましたけど、最近は5km/Lを切っています。理由は、一時期150円/L近くまでなっていた軽油代金が、最近90円程度までに下がったため、ついついアクセルを踏む量が多めになったためだと思います。これって、当方だけでは無く、ガレージに行く間に使っている関越自動車道は、一時期巡航速度が低かったのですけど、元に戻って来ています。道路の渋滞も増えてきました。
色々商売をやっている人にお聞きすると、自営関係の方は財布の紐が固くなって来ていますが、サラリーマンの方は余り落ち込みが無いそうですから、不景気は未だ全体的には広がっていないみたいなので、まだまだ悪くなるのでしょうか?ただ、国内に限っては、テレビで見るほどの不況が本当なのかな?と言う感じがします。年末から騒がれている派遣社員の問題も、テレビでは突然解雇されて、寮からも追い出されて路頭に迷っている方が物凄く沢山いると報道されていました。これを真正面に受けていると、突然首を切られたと言う事には同情しますが、突然切られて翌日から手持ちの現金が数千円。。。って言うのはどうかな?と思います。テレビの報道を見るだけの方は、大方の派遣社員がそんな感じだと受け取られる印象ですけど、本当に働くところが無いのか?住むところが無いのか?と報道の当初から疑問に思っています。この報道が始まった時に、直ぐこれらの疑問を持ちましたが、暫くの間、この意見は残酷な心の無い意見だと取られていましたけど、今日のYahoo!のNEWSを見たらヤッパリと感じました。


派遣切り「お助け」求人 どこも「応募は意外に少ない」

製造業を中心にした大規模な「派遣切り」対し、慢性的な人材不足に悩む介護業界、タクシー会社、サービス業などでは、「失業救済」という名のもとに新規雇用を呼びかける動きが活発だ。しかし、各社とも「思ったほど応募が来ない」のが現状だ。情報が届いていないせいもあるが、「報じられているほど深刻なのか」と疑問視する声も上がっている。
■元派遣社員の応募は2〜3人しかいない。
全国の労働局と公共職業安定所は、非正規労働者の雇い止めの状況に関して企業への聞き取り調査を2008年12月に行った。それを元に厚生労働省が試算したところ、10月から09年3月までに約8万5000人が失業する見通しであるとがわかった。08年11月の同調査では3万人と予測していたが、1か月間で3倍に急増した。
失業者が増える一方で、厚生労働省が発表している一般職業紹介状況(08年11月)によると、相変わらず人手不足の業種もある。有効求人倍率(求人数/求職者数)は接客・給仕が3.1倍、介護などを含む家庭支援サービスが2.38倍、自動車運転の職業が1.22倍、建設躯体(骨組み)工事の職業が4.10倍となっている。大分キヤノン、大分キヤノンマテリアル、東芝大分工場などの製造業で数百から数千人規模の「派遣切り」が行われている大分県。失業者を受け入れようと、同県にあるタクシー会社、大分第一交通(大分市)は、330人の運転手を正社員として新たに雇用すると2008年12月29日に発表した。

多数の応募が来ており、年始から連日のように面接を行っているが、そのうち元派遣社員は2〜3人しかいないそうだ。人事担当者は、こう語る。「もっと多く(元派遣社員の応募が)来ると思っていました。テレビで派遣社員が『明日から住むところがない』『所持金が数百円しかない』などと言っている割には、あれ?っという感じです」
■求人数は増えているが、紹介しても応募しない同社はハローワークにも求人を出しているが、応募は少ない。元派遣社員の7〜8割が、前職と同じ業種を希望し、なおかつ「正社員ではなく派遣社員にこだわっている」と指摘する。
「慣れた生活スタイルがいいのでしょうが、ハローワークの担当者からも、長く勤めようとしているのか、という疑問が出ているそうです。大分では派遣切りにあった人を救おうと、余裕のある企業が求人募集をかけている。求人数はむしろ増えているが、紹介しても応募しないと聞いています。」タクシー運転手の給与は「水揚げ」(売上げ)により異なる。同社の場合、入社3か月間は月額18万円を保証している。一方、自動車製造業の派遣社員の給与は一般に月額30万円以上とも言われる。運転手になれば給与は下がるが、大分第一交通ではマンションを借り上げており、1人暮らしなら1ルーム、家族がいるなら2ルームというように、住む場所を提供している。「家族がいて何としても食いつながなければならないという人は、新しい職でもいい、とすぐに決めていく。それに比べて、テレビで報じられているような人は本当に多いのかな、と疑問に思ってしまいます」

グループ全体で運転手1万人を新規雇用すると発表したのは、大手タクシー会社「エムケイ」(京都市)だ。08年12月12日から20日までの間に、問い合わせは160件あり、募集前の1.4倍に増えた。説明会には2倍多い150人が参加した。ところが経営企画部の担当者は、「説明会の参加者のうち、製造業などで派遣切りにあったという人はそんなにいませんでした。」と話し、ここも元派遣社員の応募は少ないようだ。

■介護業者「応募があったのは、今のところ1件です」
全国143カ所で有料老人ホームを運営している介護事業会社「メデカジャパン」(さいたま市)。日産、マツダ、ソニー、日本IBMなど人員削減を表明した大企業30社(09年1月9日現在)に、元派遣社員や期間工らの受け入れを伝える案内状を送った。同社は慢性的な人員不足に悩んでおり、毎月200人程度を募集している。人事担当者は、「通知した企業から応募があったのは、今のところ1件です。それ以外での応募も特に増えていません。」と明かし、派遣先から受け入れの情報が伝わっていないのではないか、とみている。応募が少ないのには、給与の水準も影響していそうだ。同社の月額給与は、栃木県が18万円、九州が14万円から(残業代、手当を除く)。介護の仕事は「きつい」というイメージが定着しており、給与を下げてまでやりたくない、という人が多いらしい。

農業や畜産業も、高齢化で人手が足りていない。1600の農家や養豚会社が所属する日本養豚生産者協議会(東京都渋谷区)は、全国の養豚経営各社で約100人を雇用する、と08年12月25日に発表。仕事内容は養豚場での作業で、具体的には豚の繁殖・肥育育成に携わる。初任給は20万円前後。同協議会事務局長は、「今のところ全部で24、5人しか来ていないですね。中には派遣切りに遭い、応募してきた人もいますが、思っていたより少ないです」と困惑している。

農業の場合、JAが一斉に求人募集をすることが多い。「JAおおいた」の人事担当者は、「大分キヤノンなどの製造業で働いていて解雇されたという元派遣社員の応募は、1件もありません」と明かす。人手不足に悩んでいる業界では、「失業者が増えているのに、必要なところに人材が回ってこない」という不満の声も上がっている。製造業の元派遣社員や期間工がたくさん来ているというハローワーク大分。職業相談部の職員は、「ほとんどの人が再び、製造業で働きたいと望んでいます。その一方で、介護や接客業では以前から人手が足りていませんが、我々は『職業選択の自由』を大前提として紹介しているので、希望しない人には勧められません。うまくいきませんね」と話しており、雇用のミスマッチをどう解決するかが今後の課題になりそうだ。


当方には2人の娘がいますが、同じように育てていたつもりですけど、長女は私立大学のデザイン科を出て印刷会社に就職して、紙製のボックスを設計する仕事をしています。勤め始めてもう直ぐ丸3年経ちますが、給料は決して多くはありませんが、技術職ですから、技量に見合った物だと言えると思います。ただ、幅広い年齢層の方々と一緒に働くと言うのは一番下っ端としては彼女なりに気苦労はあるようです。
次女は、高校を出た後、トリミングの専門学校を出ましたが、トリマーは経験が物を言う仕事ですから、新卒で就職しても修行の身ですから、給料は信じられない位の薄給です。我慢して働けばその内良いお金を取れると思うのですけど、アッサリ トリマーの道を棄てて携帯電話販売の会社に就職しました。しかし次女は個性的なため、人間関係に疲れてしまい、一年ほどでココを辞めて、日を開けずに出版関係の会社に就職しました。
ここは、仕事柄、次女より個性的な人が多いためか案外上手く行っていたのですけど、この時に一緒に仕事をしていた派遣社員の方の給料が、自分の給料に比べて遥かに高いのを知り、尚且つ、出版不況で会社の雲往きが悪くなったので、自主退社。そして、次に選んだのは派遣社員。大手印刷会社のノベルティー関係のセクションに派遣され、クライアントにプレゼンする資料作りがメインの仕事ですが、年配の方が多かったので居心地も良く、報酬も身の程以上で、その額は前出の長女の給料を大きく上回り、長女に羨ましがられていました。
それほど良い職場環境なら長く続くと思いましたが、半年ほどで貯金ができたと言いスッパリ辞めて、昨年の9月にオーストラリアに留学してしまいました。先日、長女がオーストラリアに次女の様子を見に行きましたが『楽しそうで、私とは住む世界が違いすぎる。』と言って帰ってきました。要するに、単純に派遣社員と言うと暗いイメージを植えつけていますけど。それが全てではありません。今の報道されているのは、悲惨な部分だけクローズアップしすぎてて、派遣=暗い、夢の無い事として、やっと市民権を得たのに、派遣社員として、一生賢明働いている人には迷惑というか、気分の悪い報道なんじゃないかと思います。このままのテンションで続くと、逆に派遣社員の社会的な立場がドンドン落ちる様な気もします。
もう一つの実態事例を上げると、当方の義兄は、某県の住宅関連のトップで、この度、県営住宅の空き部屋を好条件で入居してもらう準備をした所、テレビ局が取材に来ました。恐らく、住む所の無い元派遣の方々が押し寄せて来ると予想し、覚悟して待っていたのですけど、蓋を開けると殆ど入居希望者が来ず、拍子抜けしたそうです。この様子を本来なら、テレビ局も実態として報道するべきなのですけど、オンエアーは無かったそうです。
報道関連の人とか、役人、議員、評論家とか沢山いますけど、自分の価値観でネットカフェで寝泊りする人たちは、あんな所に住んで、可哀相だと言います。しかし、どうせ寝るだけだから、プライベートが守れて、テレビがあってネットが繋がってて、掃除もしなくていいし、ゴミも決められた日に分別して出さなくてもいいし、駅からも近くて暖かいから『ココが好き。』と言う人も沢山いるんです。それで幸せなのに、なんでダメだって言うのよ?と言う人もいると思います。実は、毎週狭いシェルターに泊まっている当方にはその気持ちが何となく解ります。
正社員より月報酬が高いからと言って飛びつくのは、ある意味掛けというか博打に近いと思います。それで損をしたら、役所に文句を言うと言うのはどうでしょう?公営ギャンブルで財産を擦ったのは、公営ギャンブルを認めた国が悪いと言うのと同じ様な気がします。国に期待して本当に救われるとは思いません。それは現状を招いたのは企業とか派遣法とかの問題より、個人的な問題の方が大きいからです。せめて国が出来る事は、ギャンブルで『オケラ』(所持金ゼロ)になった人に、上限がある交通費を支給する程度の事だけで、ギャンブルの禁止はしないと思いますが、如何でしょう?それに、女性が殆どいないのは何ででしょう?昨晩の『ガイヤの夜明け』を見たら、今、中国で行われている不況による工場閉鎖が多発して、賃金未払いが多く、それに抗議して群集がデモを行っていました。
そのデモをしている半数は女性が含まれていましたが、日本では、殆ど抗議しているのは男性と言うのが不思議で仕方がありません。賃金も支払われていますし、本来、雇用している派遣会社の事もサッパリ話題には上がりません。まだまだ言われているほど日本は酷い状態じゃ無いのでしょうか?

2009.1.14.    石飛 毅氏

先日、廣田さんに送ったブレーキキャリパーの見積もりを友野サンが取ってくれましたけど、案外高価でした。
修理をしたリンク品の価格は壊れているキャリパーを返却しない場合は、コア代を取られます。しかし今回の様に、部品が欠品している場合は、リンクベースのコアとして受け取ってもらえませんので、送料と消費税を入れなくても500ドルぐらいにはなります。とりあえず、廣田さんにはコアと壊れた部品を帰して頂いて、これの再利用が出来るかどうか検討してみます。
HUMMERのディスクブレーキキャリパーは、コの字型をしてて両側にパッドを備えてディスクを挟むようにレイアウトされています。ペダルを踏むと、注射器の様にピストンが出てパッドをローターに押し付けますが、キャリパーにはピストンが一個しか付いていません。ディスクの位置が固定されていますが、キャリパーは回転方向には、位置が制限されていますけど、ローターの軸方向(横方向)にはスライドピンをガイドにしてフリーになっています。従って、動作としてはピストンで片側のパッドを押してディスクに触れた後、キャリパーが動いて反対側のパッドをディスクを押し付ける事になります。
従って、キャリパーの動きをスムーズに動かすために、スライドピンは、ピカピカにしておく必要があります。因みに、キャリパーのスライドピンが入る部分は、ゴムブーツでホコリ除けをして、穴の壁にはテフロンのシムが入ってて滑りを良くしています。更にこの部分にはテフロン系のグリスの塗布が指定されています。押されたピストンはブレーキペダルを放すと、一旦はピストンを押し戻しますけど、ある程度で油圧ラインの圧力が開放されますので、ブレーキペダルの移動量と、ピストンの移動量は比例しません。従って、ディスクブレーキはドラムブレーキと異なり、特別な機構を持たなくても、調整の必要はありません。
これが、片側ピストンタイプの基本動作ですが、リアはサイドブレーキと併用していますので、少し複雑な機構になっています。それは、サイドブレーキを引くと、ピストンの後ろにボール式のカムが入ってて、油圧に関係なくピストンを押します。しかし、パッドが減ってきたときに、ピストンの位置が変わってしまうと、サイドブレーキを引いてもブレーキが利かなくなってしまいますので、ピストンの長さを自動的に長くしてパッドが摩耗してもサイドブレーキが利くようになっています。このピストンの長さを換えるのは、ピストンの裏側にスプリングで押されたコーンクラッチが入って、そのクラッチにはネジが切られてて、ピストンが押し出される量が増えると、少しづつピストンがディスク側に押し出されます。従って、リアのピストンを押し込むときにはピストンを押しながら、押し出しネジを縮める必要があるので、リアブレーキのピストンを押し込むときにはSSTが必要になります。
今回破損してしまったパーツは、このネジの回転を防ぐための物で、大きな力や衝撃が掛かる部品ではありませんし、破損していたら、ピストンは伸びませんので、ブレーキを床まで踏まないと効かなくなるし、サイドブレーキも利きません。だから、『破損していた。』と言うのは大嘘だと思います。正直じゃない修理屋さんは、その仕事の内容も信じることが出来ません。正直に壊してしまったので、、、と言って貰えば、気分良く手持ちの部品を出すことも出来ますが、壊した業者には一切ペナルティー無しで、『専門店に出した方が良いよ。』と言う当方の助言を無視したオーナー(もちろんオーナーは部品代を払いますけど)と、何も罪の無い当方が実費より格安で部品を出さなくてはならないのって。。。。。。
一応、送り返してもらうキャリパーは勿体無いので、破損したパーツの図面を書いて協力会社に作成してもらい、当方用のストックにしようと思っています。
久々にAM GeneralのHP http://www.amgeneral.com/ を見ました。以前より見易くなりましたし、内容も充実しています。写真も、GMのHPと異なり、楽しい物が出ています。特に2DrフルオープンのHumvee(フロントのライトの所が出ているので、最新モデルのA2ですね)が疾走している写真は興奮します。Humveeのスペック表 http://www.amgeneral.com/vehicles/hmmwv/a2-series/components を見るとEPAのガス検査は通っている様です。ディスクローターの径も12インチになっていますねぇ。ただ、この表にはターボDIESELエンジンがオプションリストに入っていませんが、H1との比較表にはターボエンジンが選べるって書いてありますね。色々深く読んでいると、これって軍用車両のメーカーHPですよね。この中にCOBRA  http://www.amgeneral.com/vehicles/hmmwv/specs.php って言うモデルは、HOME COMMINGで見ましたけど、ちゃんとカタログもあるのにはビックリしました。最近、米軍からの発注が激減していると聞いていますが、AM Generalも涙ぐましい努力をしているようです。
昨日、大相撲をテレビ観戦していました。当クラブメンバー?の横綱が頑張っていますので応援のためです。初日は土俵を出てから相手に『ワン・ツー!』昨日は、決まった後に『尻ポン!』毎日、勝負が決まった後のパフォーマンスが気になります。話は戻って、昨日、勝利の余韻に浸りながら花道を引き上げる横綱をカメラが追いかけていましたが、途中で通路にいた人と『グータッチ!』その相手は。。。。某H1専門店のスカイ・・・・実に羨ましいです。法事の時にマナーモードにしていたため、一生懸命電話やメールをしてくれたみたいですけど、当方が気が付いたのは取り組みの一時間前。どう考えても間に合わないので、悔しい思いをしながらのテレビ観戦でしたが、あんな所まで入り込めるなんて。。。。奴は忍者??

2009.1.13.    石飛 毅氏

一番下の愚息が成人式を迎えました。
卒業まで、あと2年となりました。コイツさえ卒業すれば、あとは。。。。本来は3連休なので、通常ではガレージに通しでいるのですけど、日曜日に法事があるのをスッカリ忘れてしまい、慌てて帰宅。法事が終わり午後からガレージに行こうとしたら、前出の愚息が『成人式の会場まで友達と一緒にHUMMERで送ってくれ。』と請願するので、余り甘えて来ない躾をしていますが、一生に一回ですから快諾しました。従って、効率が悪いので日曜日もガレージに行くのを中止。結局、ガレージに向かったのは午後になってからでした。
ガレージに行く途中に『88ハウス』があります。何時もガレージに行く時にココの前を通りますが、なかなかタイミングが取れずに、お邪魔する機会がないのですが、ココにはH2に詳しいメカニックがいますので、もしかしてH2のヘッドライトを消す方法をご存知かと思って寄ってみました。何時も愛想の良いメカニックに出迎えられて、早速お聞きすると、即答だったのはさすがです、ただ、その方法だと『AUTO』機能が使えなくなるのが少し問題ですけど、現状よりは全然良いです。アルバイトのH2は『○』でも止まる様に改造してあるので、上手く回路を切り替えれば『AUTO』も生かせる可能性があります。
メカニックは、08モデルのH2にランチョのリフトアップキットを組み込んでいました。話を聞くと、最近のH2は5速ATになって、フロントのデフ玉が大きくなっているそうで、キットをそのまま取り付ける事が出来ないために色々加工が必要らしいです。一部補強材も溶接されている所を見ると、キットとは言え取り付けにはノウハウが必要みたいです。リフトに上げられたH2を見るのは初めてなので、色々観察しましたけど、こんな物でも良いのかと思う部分と、こんなに確りしているのかと思う部分があります。タイロッドやスタビライザーのロッドは信じられないぐらい細く、逆にブレーキのキャリパーは立派でした。ブレーキはこのモデルは強化されてて、今までの物とは比較にならない位良く効くそうです。H2もH1同様、年式が進む上で改善されているようです。
H2のフロントサスペンションは、ダブルウイシュボーンなので、単純にリフトアップするとハーフシャフトの折れ角が大きくなりますので、デフごとダウンします。更に、アームの角度が付いてしまうので、アッパーアムの角度を変えないように、ナックルを延長してロアアームの取り付け位置を下げます。従って、ロアーアームとアッパーアムの間隔が広がるので2次断面係数が上がるので、サスペンションの剛性はグーンとアップしそうです。また、ロアアームの取り付け部分は、確りとしたストラクチャーを追加して、更にトルクロッドで補強しますので、サスペンション自体の剛性は前出の部分も含めて、アップするのが当方でも解ります。さらに、大きくキックアップしたフレームの底部を繋ぐ様にストラクチャーが入るので、フレームのねじれ剛性も上がります。大物としては、これ以外にトーションバーを差し込むベースをダウンするビームが追加されます。
フロントダブルウイッシュボーンの場合は、リジットに比較してサスペンションストリークを取りずらいのですが、リジットの場合は、リフトアップした時にプロペラシャフトの角度が大きくついたり、キャスター角が変化するので、操舵性が悪くなったり、高速走行時にフラフラするため、ホーシングの溶接を外してナックルの角度を変更しなくてはなりませんが、セッティングは至難の業です。しかしWウィッシュボーンの場合は、デフとナックルが別物なので、プロペラシャフトの角度を出来るだけ直線に取る事が可能です。また、ロアアームの位置も代えられますから、ロールセンターの高さも自由に代える事が可能です。見た限りでは、リアはリジットなのでロールセンターはデフの中心ですから、フロントのロールセンターもオリジナルと同じ位にしておいてある筈です。ショックアブソーバはオーリンズを装着するそうなので、今回のリフトアップはオフロードでの走破性をサスペンションで向上させると言うよりも、大径タイヤで向上させる目論見だと受け取れました。モチロン、見た目の良さを上げるのが一番なのは解っています。
マフラーもステンレス製の物と交換されていました。このマフラーは、左右のバンクから触媒を通して一度一本にまとめられて再度2本に分けて、2個のチューブを経て左右分割されています。このマフラーは、5速ATのキックダウンした時のタイムラグを減らす効果を狙って、チューブの中にベンチュリーを入れて、アスピレーター効果を利用して抜けを良くしているそうです。音は基準値以内だというのですけど、それなりの音はするようです。
88ハウスは、汎用HIDを初期の頃からのメーカーです。H4の内臓式ハイロー切換は多分一番最初にマスセールをしたと思います。性能的にもドンドン向上し、現在では25W35W45Wとワッテージも上がり、最近では75Wの物もあるそうです。一番売れ筋の35Wも、最近は価格的に台湾、中国製の輸入品にも劣らないものもあるそうです。また、近々にダイキャストボディのバラスト内臓の補助灯も発売するそうです。配光は、スポットとフォグと複眼みたいなレンズカットが出るみたいです。デザイン的にもかなり自信作で、参考価格を聞きましたけど、ケチな当方でも『エッ!』と思う程の低価格でした。汎用交換HIDは競合も多いのですけど、配線の簡単なバラスト内臓補助灯は、差別化商品としては良い着眼だと思います。まぁ、発売されたら見せて頂き、考察してみようと思います。
H2のバンパーにモールドされているHUMMERの文字に、キンキラのプレートを入っているのを良く見ます。今商品化しているのは、昼間はキンキラで、夜はELパネルの光がキレイに光る物です。ミラーの作成に苦労をされたようで、『開発に3年掛かった!』と言ってましたけど、真剣にやっていたのは数日の様な気がしました。鏡の中に時計が仕込んである物を見た事がありますけど、全体を光らすというのは中々のアイディアですね。ナンバープレートも光らす予定だそうです。光物が好きなオーナーにはたまらない逸品なんでしょうね。

2009.1.11.    石飛 毅氏

先日、神田まで出張に出て、用件が済んで帰ろうと思ったら、柳本さんから電話。東京のクライアントに年頭の挨拶に来て、大丸で食事中だと言うので、久しぶりなので顔を合わせに出向きました。柳本さんは、マネージャーさんと一緒で、食事は終っていたのですけど、当方にも美味しいウナギをご馳走してくださいました。同行しているマネージャーさんは、藤本さんのお子さんもご存知で、無口な当方も同じ話題があって助かりました。柳本さんは、溪水(エアロコンセプト)の名刺入れをお持ちでしたが、当方が頂いたものとは少し異なり、全面が皮になっているタイプです。柳本さんは皮の色が今一、気に入らないで、当方のタイプが良かったと言うので交換しました。当方は、今後のために色々な物を見たかったので好都合でした。東京駅でお見送りをした後、一旦、家に帰り、窮屈なスーツを脱ぎ捨てて、スカイオートに向かいました。スカイオートが最終在庫のキャンピングトレーラーが売れたので、これの配達のお手伝いをするためです。

今回の配達先は、西伊豆の黄金崎公園と言う所で、ダイビングショップがそこの私有地に置いて使うそうです。ショップの方は、スカイオートの社長のお友達なので、今回は社長も同行。今回運んだキャンピングトレーラーは、今までの物より小さいのと、何時もより出発時間が早いのと、トレーラーにブレーキが無いので止まる時にトレーラーに押されるので、制動距離が短くなるので、高速道路は70km位の安全運転。現地には3時頃到着しましたが、社長の話が面白くて道中飽きる事が無く楽しい道中でした。
地権者の方が来るまで、HUMMERの中で仮眠しました。今回牽引したのは、もと工藤さんのスラントバックで、色々整備した試運転を兼ねて牽引をする事にしました。このスラントバックは、インタークーラーを外してノーマルのラジエーターに戻したのですが、絶好調で3.5t有るトレーラーをストレス無く牽引できました。気温が低いためか、水温も上がらず重いトレーラーを引いているのを感じません。
仮眠した場所から設置場所は、公園の中を移動するのですが、とても狭いく、尚且つ下りで雨も降り出して、その雨が凍りだしてツルツルで何時脱輪してもおかしくない状況なので、私有地の部分はスカイオートに任せました。段々夜が明けて周りの景色が段々見えてきてら、設置した場所はダイビング用の海岸でした。アチラコチラに物凄い量のボンベが置いてありチョッと異次元の場所でした。ここには一般の車は入れなくて、地権者の方が茶店みたいなのを経営していました。その他には、町が建てた立派な休憩所とトイレがあります。一番面白かったのは、海岸から少し高い所にある駐車場までのモノレールです。小さなエンジンでトコトコ走るそうですが、速度は亀位下だそうです。
キャンピングトレーラーを購入した方は、30年近く江ノ島でダイビングショップをやっているそうで、ココをダイビングスクールの拠点にしているみたいです。30年前と言うと、当方も葉山でダイビングをやった事があり、当方がボンベを借りたタンク屋さんの事もご存知でした。その頃はブーム前だったので、免許?がなくてもお金さえ出せば幾らでもボンベを貸してくれた時代でしたが、今はダメみたいですね。
帰りも、最初、当方が運転したのですけど、スラントバックはワゴンに比べてリアの荷重が少ないので、前下がりになっているためか少しリアの接地感が足らない感じがしました。車体が軽いのとコンピュターチューンもしてありますので、加速も良いのでコーナを回るのに不安を感じて、これはもう少しフロントのコイルを硬めにした方が。。。と思っていたところ、タイヤのプレッシャーゲージを見たら牽引の時に空気圧を上げたままだったので、30psiに落としたら、バッチリになりました。
途中で、スカイオートの社長と運転を交代してリアシートに移ったら、話をしている間にスーット吸い込まれて、到着するまで爆睡。ですから、帰りはアッと言う間に到着。そのままスカイオートに最近出来た倉庫に案内されました。今までキャンピングトレーラーの場所に出来たこの倉庫は、中古のプレハブで、内装は社長が全て施工したそうです。その倉庫には、なんとお風呂があります。山古志村で災害支援で使われたユニットバスで、前の日にお風呂に入っていないので入ってみました。狭いユニットバスですが、断熱材がちゃんと入っているので、とても暖かくて良い感じです。この大きさでしたら当方のガレージにも設置できそうなので、とても羨ましい設備です。社長の話では、まだまだ沢山あるそうなので真剣に導入を考えちゃいます。。。

昨年の夏、前にH3からH1に乗り換えた方が、ミラーをぶつけてしまい破損したそうです。破損したミラーは縦型の電動ミラーで、2年程前に絶版になったものです。H1にはマニュアル、縦型電動、横型電動の3種類あります。マニュアルの新品入手に関しては不明です。
当方は、それ以前に色々手を尽くして予備を入手しています。従って、新品は手に入らないので、友野サンも色々捜しているみたいですけど、売りに出ている殆どは完動品で無かったり傷が深いもので、その割には価格が高いそうです。恐らく、アメリカでも品不足でプレミア?が付いているようです。メーカーとしても旧式の縦型を新型の横型に置き換えて在庫点数を減らしているようです。
この方も、国内外捜したようですが見当たらなくて、当方の所に連絡がありました。通常、破損状況は、ミラー部分が飛んでしまうのが一番多く、破損したと聞いた時点ではミ、ラー部分だと思い込んでいましたが、話を聞いた所、ミラー部分は健全で、アーム部分の破損だと聞いたので、当方が以前ミラー部分の駆動部が破損した物がガレージに保管してある記憶があったので、これのアーム部分を利用できると思い、探し当てるのを待ってもらいました。
先日、ガレージの倉庫を探しだし、発見したのをお伝えしておきましたが、仕事のご都合で中々土日に休みが取れず、平日も帰宅時間が遅いらしいので、中々ガレージに来てもらうタイミングが取れす、やっと土曜日に都合が付いてお見えになりました。
2000年式のピューターはとてもキレイで、大切にしている様です。奥さんが毎日の様にチョコチョコ乗っているそうなので、稼働状況も上々の様です。お見えになり、早速ミラーを見てみると、破損しているのはボディとミラーの間にある犬の骨の形に似ている部分で、ミラーを支えているカップ部分にクラックが入っていました。一応、デブコンで補修して、ベルクロをグルグル巻きにして有りましたので、実用には問題無いようにしてありましたが、やっぱり補修していない方が良いでしょう。
組み換えは簡単なのですけど、モーター用のコネクターはそのままの状態で分解が出来ませんので、ピン抜き工具で挑戦しましたけど、思うように抜けません。そこで壊れている方のコネクターをバラして構造を確認した所、単純に押し込んでいるだけで配線とピンの強度は余り無いので、押し出さないとダメでした。コネクターをヒートガンで暖めて、コネクターを柔らかくしてから押し出して無事成功。組み込みも、作業がしやすいのでコネクターを暖めてから挿入しました。ミラーは一応可倒式ですが、ぶつけて倒れた場合はドアにエクボが出来るのですけど、それがありません。
ミラーはオフロードで簡単にミラーが倒れないようにするために、手では簡単に動かない位の強さにしてあります。その強さは色々で、今回壊れたミラーは、そのスプリングがとても硬く設定してあったために、当てたときに、力を逃がせなかった可能性があります。もしかすると、犬の骨部分の潰し方向に当てて、一番強度の弱いカップ部分が破損したかも知れませんが、どちらかと言うと柔らかめにしておいた方が良いと思い、スプリングの強さはガタが出ない程度にしておきました。
車体に取り付けて動作確認して作業完了!の筈でしたが、ミラーの付け根が後ろ下がりに傾いています。ミラーの位置は上側のヒンジに依頼しているので、このヒンジが斜めに付いているためだと思います。ヒンジを緩めて調整する事で位置は変える事は可能ですが、ヒンジの下が塗装していなかったりすると困るので、この部分はオーナーの好みにお任せしました。
このH1は、今までに、FSDの故障、ABSのトラブル等があったそうです。この2点は、当たり外れのある部分なので、FSDはクーリングキットの取り付けで、ABSは、もし高価なポンプが壊れたら、『ABSレスにする』と言ってました。ABSレスにするのはメカ的には簡単ですけど、PCMとの関係がありますので、そう簡単にはいきませんけど、当方としてもトラブル確立の高いABSとTT4は要らないと思うので、撤去作業には興味があります。この項目は、今後の課題にしてみようと思います。
下回りを一通り観ましたけど、この固体は程度が良く、オイル漏れはATのオイルパンの先端に若干ニジミがある程度で、漏れているのはATFゲージのパイプが差し込んである部分からで、早急に対処するほどの事では無いでしょう。定番のトランスファー、ATFのバイパス部分からの漏れは皆無です。ただ、オーナーは予備燃料タンクの給油口からの燃料漏れが気になっているようです。何度かホースバンドの増し締めをしたそうですが、実際に燃料をイッパイまで入れないと漏れが止まったかどうか解らないので、増し締めをするのは常套手段だと思います。オーナーの話では、点検の時にスカイオートでも増し締めをしたし、ご本人も増締めをしたというので、耐油性のNBRとかFPMは、硬度が高いので傷でも付いたかと思い点検をしてみました。点検すると、ゴムホースはかなり締め込まれててホースバンドの部分はかなりプックリしています。
また、タンク側の差込量は、給油口側の量と比べて浅いので、タンク側の差込量を増やそうと思い押し込みましたけど、思うように入らないのと、ホースを回してもタンク側はホースが回転しません。もしかしてタンクの方に問題があるかと思い、燃料ホースを抜いて給油口を触って見たら、タンクのパーティングラインがズレていました。丁度、できの悪い最中の様に上と下がずれて、尚且つ、その合わせ目はエッジが立っているので、幾らホースバンドで締めこんでも、漏れない方がおかし状態でした。
そこで、パーティングラインをペーパーで慣らして段を取り、タンクのパーティングラインの癖が付いた部分をカットして、燃料ホースを再設置しました。ホースバンドも、全体的にギザギザの付いているタイプはホースが食い込んでしまうので、今後増締めしたときに食い込んで締める事が出来ませんから、これはABBAにしたい所でしたが、在庫が無いので、泣く泣く半分ぐらいがフラットになっている物に交換しました。一応、原因と思われる部分は修正したので、この後、漏れた場合は増締めでOKだと思います。それでも漏れる時は、弾力が落ち気味のホースの交換が必要だと思います。
狭い道を走っているときに、音が反射して普通では聞こえない異音を聞く事が出来ます。このH1も狭い道を走るとカタカタ音がするそうです。一番多いのは、低速で走っているときにブレーキパッドが遊んでコトコト音が出ます。ブレーキを踏んだり、ある程度の速度では収まります。それ以外としては、ハーフシャフトの緩みとか、ハブのバックラッシュ、スピンドルの緩みとか考えられますけど、可能性としては1%位下だと思います。
一応パッドの遊びを見た所、全てフリーになっていましたので、キャリパーの動きは良好です。パッドを動かして音を出して『この音ですか?』と聞いたら『これです。』と言うので音源は特定できました。この遊びが無いのは、キャリパーの動きが悪かったり、ピストンの固着で戻りが悪いと考えられます。
朝一番のエンジン始動が今一らしいので、グロープラグが疑わしいのですけど、1.3番のグローは点検しましたが、ABS付きは手が入らないのと、外出の作業は寒いし暗くなってきたので、今月末に点検に出すそうなので、その時に一緒にやってもらう事にしました。

H1の修理は、詳しい所に出してくれって何時も口をスッパクして言っているのに、良く解っているはずの廣田さんが『やっちまいました』。知らない人が出しちゃって、壊したのなら知らん振りしている事も可能ですけど、そうも行かないのが一番困ります。
そもそも、リアブレーキのOHが必要だと言うので、見てくれと言うのは良いのですけど、仕事柄、土日の休みは取れませので、当方とのタイミングが合わないのは仕方が無いのですけど、リアのOHはSSTも必要だし、構造が解っていないと壊してしまうので、一応『解っている所に出したほうがいいよ』と、ココで何度も言っています。せめて、作業を行う前に『注意点』だけでも、聞いて欲しいです。
今回壊したのは(作業を請け負った修理屋さんは壊れていたって。。。。構造を見れは自殺するようなパーツじゃ無い事は解っています)リアブレーキの押し出し各ネジの回転防止のカラーです。この部品って、実は一番最初に壊す可能性が一番高い部品です。ピストンシールとダストブーツの交換だけでしたら、お見えになる事が無いパーツです。廣田さんから電話があって『実は、ボールが3個ある部分の・・』と聞いただけで『回転防止の部品を壊したんでしょ?あの部品は出ないよ。』と、当方が言うと『友野サンにも言われました。』図星です。あの部品は初めてバラス時にかなりの高確率で壊します。何を隠そう、当方とヒロシも壊しました。だって、どうぞと言う感じでマイナスの溝が付いているんです。
実は、この溝は回転止めの向きを表す物で、マイナスドライバーを入れる溝じゃありません。マイナスのドライバーを差し込んで、そう簡単に回る物じゃありませんから、腕の良い人はおかしいと思います。しかし、当方のような素人は全くそんな事を考えないで、回し続けます。そして最後にはハンマードライバーまで持ち出して。。。。回った!と思った時は『折れた』時です。当方が当方の物を壊したので、キャリパーが一個無駄になりましたが、自業自得ですから我慢できます。あれだけ沢山のアメ車を扱っているスカイオートでさえ、初めての作業で、当方の経験のあることは大抵聞いてきますし、当然、その逆に当方が聞くことも沢山あります。
この破片を見れは回転方向の折れ跡だったり、マイナスの部分を回そうとした跡があれば、その破損は人為的なものだと直ぐ解ります。この部品は、パーツでは出ません。その理由は、自然には壊れないし摩耗する物では無いからです。ですから、この小さな部品のためにキャリパーAsseyで交換するしかありません。今回は、以前、アメリカから取った物があったので、それを送りましたけど、高い物に付いてしまいます。廣田さんには、修理屋に弁償させろと言いましたけど、彼の性格では言えないでしょうから、お気の毒ですけど、その修理屋のチョンボを当方が負う事も無いでしょうから、高い授業料を払うのは仕方がないですね。簡単な部品なので、作っちゃう事も出来ますけど、ブレーキの内部部品だし、当方は壊さないし、何かあったらとてもじゃないけど責任が持てませんから、作るつもりは今の所ありません。

2009.1.7.    石飛 毅氏

年末に起きた事ですけど、書き忘れていました。
小林さんのH1を修理した日は、予定では夕方には終るつもりだったので、小林家、パンダ家と一緒にご飯を食べる予定をしていたため、夕方にはソロゾロ家族がガレージに集まり始めて、最後の方はバタバタしてしまいました。一応、ご飯を食べた後に、ガレージに戻って来る予定なので、何かあったら戻ってきて治せば良いとおもったので、チョッと油断して居ました。未だ1歳そこそこの小パンダがいるので、早めに食事を終らせてガレージに帰ってきましたが、レストランまでの往復の試運転では特に問題が無かったので、そのままガレージからお見送りしました。
翌日の午後、小林さんから電話があり『高速を走ったらエンジンチェックランプが点灯しました。』と連絡があり、チョッとドキッ!としました。状態としては、走行に特に問題は無いというのですが、中央高速の石川SAにいるそうなので、そのまま圏央道を使ってガレージまで来て貰いました。早速、TECH2を接続すると、トラブルコードは最近流行の『ターボブーストコントロール』走行距離も短いので、これの主原因であるブーストコントロールソレノイドである可能性が低いと思われるので、恐らくバキュームホースの抜けだと思い、ボンネットを開けて一番疑わしいヒーター切換バルブを見ると、予想通りバキュームホースが抜けていました。このホースは、プラスチックのホースの先端にゴムチューブが簡単に刺さっているだけです。バキュームラインなので、自然に抜ける事がないため、非常に緩く刺さっていますので、チューブをチョッと引っ張ると簡単に抜けてしまいます。
おそらく、整備中に抜けてしまったのですけど、市街地をのんびり走っているとブースとの上がりは少ないため、ガレージからの帰り道には問題なかったけど、高速に乗ってエンジン回転とブーストが上がったために、ウエストゲートバルブが開いても過給圧が下がらないためにチェックランプが点いた様です。ブースト計を付ければ恐らく気が付いていれば、この部分の不具合の判断を出来るのですけど、小林さんは特に余計な物を付けて無駄遣いしているわけではないし、恐らくチューブを抜いちゃったのは当方ですからので、何時もの口癖である『そんな要らない物を付ける前にブースト計付けろ!FSDクラー付けろ!』と言う訳に行きません。
チョッと話が逸れますけど、ヒロシのD-MAX搭載トラックは、先日の渡米の際にコンピューターの書き換えを再度行こなった所、とんでもなくパワーアップしてしまいました。先日お見えになった佐藤先生は大変コモンDIESELに興味があるので『ヒロシのトラックが凄い事になってますから乗せてもらったら如何ですか?』とお勧めしました。先生は『それは是非乗せてください。』と、ヒロシに頼んで犬っころの様に喜んでトラックの試乗に出かけました。暫くして、佐藤先生が、まるでフジQハイランドの『エエジャナイカ』から降りてきた子供の様に『スンゲーなぁ!まるで大型バイクみたいな加速だったよ!』と、大はしゃぎしながら帰ってきました。そんな取り乱した先生に追い討ちを掛けるように『実は全開に出来ないので本当はもっと凄いんですよ!』と、まるで自分の車の様に自慢したら『そんなのヒロシに聞いたよ。でも残念だな。』との返事に少し拍子抜け。でも、コンピュターの書き換えだけで、あんな事になってしまうコモンDIESELの凄さには改めて驚いていました。
先生の一番気に入った部分は、普段は普通に乗れて、イザと言う時にあれだけのパワーが出る部分で、当方と同じ意見です。ですから、今後、ヒロシがノズルを交換すると言うのは当方同様反対です。しかし、ヒロシはノズルを買ってしまっているので、どうしても交換したいみたいです。しかし、現状では問題があって、これ以上パワーアップが出来ません。その理由は、現状でも全開にするとトルクコンバーターの容量が足らなくなって滑り出してしまいます。一寸位なら大丈夫ですけど、トルクコンバーターが滑るとチェックランプが点灯して、ミッションはセフティモードに入ってしまいます。従って、トラブルコードの消去をするためにガレージのTEC2を積んで走っています。と、言う事は、ガレージでTEC2を使いたいときには無い事になるし、50万円もしたTEC2をヒロシが常時使うという事なんて許される訳が無いので、トラブルコードチェッカーを買わせました。
実は、松原さんのALPHAもヒロシのトラックほど頻繁じゃありませんけど、同じ症状が出ます。頻繁に出ない理由は、ALPHAの場合はフルタイム4WDですが、ヒロシのトラックはパートタイムなので、全開加速中の後輪は滑りっぱなしなので無駄なパワーを使います。走っている感じはで氷の上を走っている感じに良く似ています。空転のお陰で、エンジンの見せ掛けの吹け上がりが良くて凄い感じがしますけど、恐らくエンジンのマネージメントはメチャクチャになっているはずです。そこで、対策としては、トルクコンバーターをハイパワー対応に交換する事でチャックランプが付かなくなるのですけど、あんなパワーを掛けたら今度は違う所が壊れそうな気がします。
話は戻りますけど、ヒロシが買ったトラブルコードのチェッカーは十分使えるので紹介します。松原さんが買った時は未だ安い物は無かったのですけど、基本的にトラブルコードの呼び出しと消去が出来れば十分ですから、これで十分だと思います。http://page14.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/s116093449?u=;te729 本当は、これがなくてもOBDUのトラブルコードを読み取る方法はあるのですけど、モールス信号みたいな感じで、よっぽど慣れていませんと正確に読み取る事が出来ません。ですから、細かい事は殆ど出来ませんが、迎えに来てもらったり時間を無駄にする事を考えれば、これ位の投資は元が取れます。この他にもパソコンをつないで多機能な物もありますけど、出先でちょっと見るには、これらの方がお手軽で宜しいかと思います。因みに、OBDUは96年以降のDIESELモデルだけです。これの使い方はさほど難しくありません。取説の通りの手順で操作できます。
時々『今!おかしいのですけど』と言う電話が入りますけど、その時にこのトラブルコードリーダーがあれば、チェックランプが点灯しないトラブルコードもありますので、それを読み取ってもらうと当方もメンドクサクなく対応が出来ます。OBDUのトラブルコードは、トラブルのコード番号にエラーの項目が振られています。このコード番号は、GM車全て共通ですが、H1の場合は、その表示された番号と項目がそのまま本当に対応しているかと言うと、実は違う場合があります。当方が体験したのは、ATのLOWセンサーがNGと出たのですけど、マニュアルのトラブルシューティングを見たら、実際はLOWのときはHIを見ろと書いてあります。要するに『頭痛だよ。』という表示でもH1の場合は『腹痛』なので、バファリンじゃなくて、サクロンを飲まないとダメだということです。当方の場合は、大抵サービスマニュアルを見る環境にいますので、トラブルコードを言ってもらうと適切なアドバイスが出来ますので、お互いのためにとても良い事だとおもいます。
先日の忘年会の帰りにも、吉岡さんがH1で帰る途中にチェックランプが点きましたけど、並走していた麻生さんがスキャナーを持っていたので原因がわかりました。部品は無かったし、負荷を大きくしなければ問題が無いのでいで、そのまま帰ってもらいました。吉岡さんは、その後、順調だったのですけど、今度は並走していた麻生さんが突然高速の途中で止まって仕舞ったので、負荷を掛けちゃいけないというのに牽引したそうです。前にも言いましたが、麻生さんが止まった原因は『ガス欠です!』(余りにも間抜けなので後3回ぐらいは書きます。)
ここの所、関東は案外暖かいのですけど、日本海側は厳しい様ですね。寒い地方の方は朝のエンジンの始動状況はいかがですか?燃料フィルターにはヒーターが入っていますけど、これはイグニッションがONの時だけしか入りませんので、ご心配なく。ですから、燃料の凍結には注意してください。水温が上がりづらいのはある程度仕方がありませんが、余りにも上がらない場合は、ダンボールでラジエーターを塞ぐのも良い方法だと聞いた事があります。ですけど、直接塞ぐよりもボンネットの上にあるギャレーとかグリルを塞ぐ方が良い様な気がします。これって、どちらかと言うと冷気よりも雪除けとしてのメッリットがありそうですね。
雪国の方は、車庫保管が多いと思いますので、100V電源コンセントがあるなら、エンジンブロックヒーターを使うのも宜しいかと思います。オイルの粘度が上がっていますから、スターターの負荷が減ります。運転席側のヘッドライトの裏側辺りの車体に、車らしからぬコンセントが付いていますので、ここに100Vを入れればオイルを温めてくれます。始動性が悪いなぁ!?と思う方は一度試してみてください。ただし、走るときに抜くのを忘れると車庫を壊しちゃいますから注意してくださいね。バッテリーも寒いとダメですから、断熱材でバッテリーを包んで、シートヒーターも入れると効果的だと思います。当然、グロープラグの点検もお忘れなく。案外、一本ぐらい切れている事もあります。寒くなければ半分位切れててもエンジンは掛かりますけど、雪国じゃー厳しいと思います。

2009.1.5.    石飛 毅氏

当方は、昨年、義父が亡くなったために、今年の年末年始のご挨拶は差し控えさせて頂きました。喪中ですから、年末年始はガレージ三昧かと言うと、そうでもなく、家族はそれぞれ色々と用事があって不在だったため、自宅でのんびりしていました。本当は、2日辺りからガレージに入ろうと思ったのですけど、2日の朝起きてから『箱根駅伝』がやっていたので、ついつい見始めてしまいました。マラソンとか駅伝のテレビは楽しみにして、予定をたてて見る様な事はありませんが、チャンネルを回してやっていると、何故かドップリ見てしまいます。
当方の母校は、強豪校ではありませんので、トップ争いとは無縁ですが、10位以内の『シード権』が取れるか取れないか、ヒヤヒヤしなが見るという、上位校のOBとは少し見方が違います。今年も、当方が見た時は12位ぐらいで、今年もほぼ定位置を走っていました。ゴロゴロしながら、少しボーっとしながら大きな変化の無い画面を見ているうちに、少し寝ちゃう事もあります。このままボーっとテレビを見ているもの時間が勿体無いと思い、ガレージに行こうと準備していたら、なんと山登りの区間に異変が。。。母校の選手が信じられない速さで前の選手をドンドン抜いていきます。その早さは、以前の順天堂の今井選手の様でした。そんな訳で、準備をやめて、またゴロゴロしながらテレビを観始めていると、他の選手とは異次元の走り方で、このまま先頭の選手まで追い付きそうな勢いで頑張っています。必死に走っている選手をゴロゴロしながら見ては失礼だと思い、とりあえず、当方も椅子に座って見る事にしました。
走っているのは、一年生なので、箱根駅伝は初めてだそうです。当方としては、今まで何年も見ていますけど、母校が先頭を走っているのを見た事がありません。もし、この一年生が先頭の選手を抜いたら、始まって以来の事なので万が一途中でお腹が痛くなって倒れてもそのまま一度は先頭に立って欲しいと思い、ツイツイ見ているだけなんですけど、力が入ってしまいます。所が、ムカついた事が発生。解説者が、この一年生の事をケナシます。『怖い物知らずとか』『下りは不得意なので。。。』とか、まるで、日本テレビで巨人戦を見ている感じです。まぁ、プロ野球なら良いですけど、あそこまで露骨な解説ってチョッと酷すぎます。当方が見ても、確かに母校の一年生は顔を歪めて必死に走っているので心配でしたが、解説者がお茶の間で観戦している人間並みの贔屓解説って、凄くムカついたので、ツイツイ死んでも良いから。。。と残酷な応援をしてしまいました。
結果的には、下りになってからも一年生は疾走して往路優勝!そして、翌日も一度抜かれましたけど、逆転で復路も優勝して総合優勝!でした。結局、2日で10時間以上テレビを観ていた事になります。まぁ、たまには良いでしょう。。。
こんな堕落した正月ですが、年末は色々行いました。小林さんのHUMMERは、年末に色々やっていますけど、残り作業として、ハブリダクションのオイル交換、リアデフのオイル交換、ATF交換、パワステオイル交換、リアブレーキパッド点検、グリスのリパック等が残っていました。
オイル関係は、パワステを除いて、汚れに関しては問題ありませんでしたが、一応オイル管理上リセットしたほうがいいので、全て交換。ただATFの方は全量交換ではなく、何時もの様に『秘伝のタレ』式に一部交換です。
気になったのは、一箇所だけハブオイルの量が少なめだったのですが、特にインプット、アウトプットシールからの漏れはありませんでしたので、そのまま定量を入れて様子を見る事にします。
問題だったのは、交換が面倒なリアのパッドの残量が3mm程だったので、新品と交換。スライドピンは、フロントほどではありませんでしたが、余り良い状態ではありませんので、錆を取って磨きを掛けました。スライドピンの動きが悪いと、パッドだけでなく、ローターも偏摩耗しますし、効きも落ちます。パッド交換時には、面倒でも、ピンを外して点検することをお勧めします。右側は良好でしたが、助手席側のサイドブレーキがちゃんと戻っていない事を発見。これは、完璧に治すには、キャリパーのOHが必要ですけど、キャリパーのOHをすると解りますけど、大抵の場合、内部の問題ではありませんので、いきなりOHしないでオマジナイをしたところ、ちゃんと稼働するようになりました。ATの場合、サイドブレーキを引く人と引かない人がいますけど、引かない人のHUMMERにはこの固着が多い様です。因みに、当方は引きません。。。モチロン、サイドブレーキを引いたほうがATに良いんですけど、どうも面倒で。。。。逆に、殆ど乗らない方は、ブレーキの張り付きを起こしますので、引かない方が良いと思います。
アルバイトから電話で、『H2のセルが回らないんですけど。。。。』と連絡があり、バッテリーパックを持って出動準備していたら、ガレージにH2が入ってきました。どうやってエンジンが掛かったのか聞いた所、何度かやっているうちに掛かったそうです。来た時点で電圧を計ったら12.5Vはありましけど、バッテリーに寿命が来ている場合は、少し放置してから測定すると電圧が下がりますので、暫く放置。このH2は、先日、バックカメラを付けているときにもバッテリーが上がったので、ソロソロ危ない予感はしていました。バッテリーを放置している間に、H2のライトが気に入らないので、どうにかならないか回路図を眺めていました。H2は、キーをONにするとヘッドライトが点灯します。ですから、キーをONにした後にスイッチを○の位置にしないとライトは点灯したままです。デイライトだと、バッテリーが弱っている場合、スターターに行く電気が弱くなるので、気分的に良くありません。
そこで、これをどうにかしようと思って回路を見たら、ライトのコントロールはコンピューターでコントロールしていました。イグニッションを入れた時点でライトはONスイッチで、アースに落とすとライトは消灯。そこで、スイッチをバラシて常時アースに落としてみましたけど、それでもライトが点灯します。再度、アースを離して再度繋ぐとライトは消灯します。コンピューターはON/OFFを見ているのではなくて、電圧変動を見ているようです。従って、メカ的にオートライトを消すのは不可能なので、今回は断念しました。次回は、ディレイ回路を組んで、イグニッションをONにした時に自動で消灯できるようにしたいと思います。ライトスイッチは改造してしまったので、○でスイッチが止まる様になっていしまいましたけど、この回路を入れたら○で止まっている事もありえますので、これでヨシとします。
バッテリーの方は、予想通り電圧は11Vを切っていました。念のため充電もして見ましたけど、充電後は電圧が上がりますけど、暫くすると電圧が落ちます。年末に帰省するので、仕方がないので緊急用のバッテリーと交換。年を越しても連絡がないので、その後は無事みたいです。

そう言えば、恒例の最終忘年会IN入間を、工藤さんの事務所で行いました。その前に、佐藤先生の奥さんにお願いしていた『猫』の絵が届きました。佐藤先生は、タミヤのプラモデルの箱絵を描いていますけど、奥さんは女性雑誌のイラストを描いてて、特に猫と花の絵を描くのがが好きだそうです。以前、佐藤先生のアトリエに行った時に、奥さんが描いた猫の絵を発見して、ペットを飼っている人が描いてもらえたら嬉しいだろうと思い、当方の飼っている『毛玉』と『マルコ』を描いてもらおうと思い『描いてくれないかな?』と言ったら『犬はダメだ、家のは猫と花の絵が好きなんだ』と速断されました。『それじゃー猫を描いてよ』と頼んだら『個人的に絵を今まで書いた事が無いから、聞いて見ないとわからねー』との返事。

確かに奥さんは、イラストだけではなくてレイアウトなどを含めた雑誌を作る仕事がメインで、画家ではなくてイラストレーターの仕事がメインなので、絵を個人に売るということはない様です。確かに、佐藤先生も企業に絵を納品するけど、個人的な依頼で描いたのはつい最近です。しかし、先生が仕事ではなく描きたい物を描いた作品は、とても素晴らしかったので、奥さんが描きたい物を書くのは良い事だという事になり、当方の身近で猫を可愛がっているお友達から、数枚写真を貰い書いてもらう事にしました。ところが長年連れ添っているためか、その猫に逢わせろとか、遊ばせろとか佐藤先生と同じような無理難題を言って来ましたけど、描いて貰おうとしている猫は、外に一切出た事がなく自分が猫だと思っていないし、超人見知りなので、それはお断りさせてもらいました。
その後、こんな感じになるとかの情報はありましたけど、時間は掛かりましたが、先日、作品を2点持って来てくれました。どちらもとても良い絵なので、両方とも欲しいと思いましたけど『一枚は取って置きたいから、どちらか一枚を選べ』と言って、頑として2枚はダメだと言うので、友人にシャメを送って選んで貰いました。選んだのは、柱の陰から覗いている方で、一旦、持ち帰ってサインを入れてから持って来てくれました。
奥さんは、今回の仕事が楽しかったらしいので、これから個人的な作品を受けても良いと思ったそうです。でも、当方の周りは犬が多いんですよね。。。
最終忘年会の前に、狭山ハウジングが騒がしいので外を見ると、『餅つき』をしていました。臼と杵でペッタンペッタンつく横には、自動餅つき機もフル稼働。全部で20升作るそうなので、ハイブリットで工数低減しています。トン汁とつきたての御餅を頂きましたので、勤労奉仕として『のし餅』を作らさせて頂きました。つきたての柔らかい御餅は、実に美味しくて、特に『黄な粉餅』は幾らでも食べれるんですけど、夕方からの最終忘年会があるので、残念ですが控えめにしておきました。因みに、黄な粉餅を食べた小学生の女の子が『チロルチョコと味が似て〜る』って言ってましたけど、あっちがフェイクなんですけど、食べなれている方が基準になっちまうんですね。
最終忘年会は、朝井、石飛、工藤、タケちゃん、ヒロシ、の他に、途中からCCVの編集長が参加。恒例の『馬刺し』は最高です。タケちゃんが、ロッククロウリングのラジコンを持って来ました。写真を撮り忘れたので、これはもう一度見せて貰います。

 

 2008年12月