HUMMER ESSAY 2003年9月
     
石飛毅氏、友野京氏よりの E-mail より抜粋    to  大井康之

  2003年8月  

2003.9.30.    石飛 毅氏

仕事がのろいので、沢山溜まりすぎて大忙しです。今日も徹夜になりそうです。
お問い合わせが多いので、再度連絡いたします。
今週末のミーティングは4日(土)5日(日)の2日間です。どちらか片方でももちろん両日でも構いませんので、ぜひご参加ください。宿のほうも未だ若干融通が利くと思いますので、もしご希望の方は松原さん、または当方にメールを下さい。
毎度の事ですが、当クラブのミーティングは、那須PSガレージをお借りして毎回行なっております。当然我々の人数では貸し切る事は不可能なので、おもに駐車場でダラダラしているのが主で、レストランが空いた時を見計らって食事をしたりしています。どちらかと言うと来場者が多いほうが、今後も場所をお借りしやすいのでクラブ員以外の方もドンドン来場して下さい。
本日、天気予報を見た所天候は良好な模様です。大方のメンバーは土曜日の朝8時に佐野サービスエリアに到着後、プチミーティングをして10時にPSガレージに向けて出発します。当方は土曜日に子供の運動会をサーッと見てから那須に向かいます。ランドマップは最近黙っててもHUMMERのお客さんが来るので、特に営業をかける必要が無いと判断したらしく、「行けたら日曜日に行きます」と言ってました。そこまで言われて来てもらわなくても結構なので、ランドマップからお客を奪いたい業者の方はチャンスです。一軒だけだと競争が無くてレベルが落ちて価格が上がるのが世の中の常なので、そうなる前に対策をしないとクラブ員のためにならないので、そろそろ自信のある新しい業者さんが必要かもしれません。
友野号は走る状態にまでこぎ着けております。一応ETCのテストを兼ねて高速道路を走った所、以前よりパワフルになりました。ただし始動性が悪いのと、運転には少しコツが必要です。内装は未だ途中ですが楽しみにして下さい。もし途中で走行不能になった時は、誰か助けてあげて下さい。


Yahoo!オークション話題。
HUMMERが今2台出ています。黒い方は表示にはT‐Dとなっていますが、DIESELだとしたら95年(ACのコントローラーで解ります。)なので、NA DIESELの間違いだと思います。アクセルペダルもワイヤー式なので積み替えの可能性はありません。ただし、社外品後付けの可能性は少し残っています。このHUMMERは殆ど乗ってなかったらしく走行距離の短さには驚きです。もう一台は何処かで見た事のある93年HUMMERです。古いメンバーには懐かしいHUMMERなので見てみて下さい。このHUMMERに良く似たイラストが同じくオークションに出ていたので、ついつい買ってしまいました。この出品者はこのイラストレーターの販売代理権を持っていてHUMMERの他にも沢山作品があります。
今の所H1が1種類H2が2種類あります。サンプル画像を頂いたのですが家のPCからでないと送れないので、明日送ります。一応送料が安くなるのでH1のイラストを5枚買いましたのでミーティングに持っていきます。(現在3枚は売約済)価格は枠付きで消費税代引き手数料込みで4300円の予定です。先行で欲しい方はメール下さい。

2003.9.24.    石飛 毅氏

日曜日に友野さんがガレージに来ました。
もちろん朝6時!メーターパネルも未だ固定していない方が色々配線はラクチンなので色々ゴチャゴチャしている配線は後回しにして、オリジナル部分の修復を先行しています。特にACは98年レトロフィットキットを無理やり取り付けていますので、元々の93年オリジナルの配線をそのままでは取り付きません。コンプレッサーの配線と、レシバータンクのプレッシャースイッチの配線は新たに引きなおして、助手席側から取り込みました。ところがレトロフィットキットの電源関係並びにHi以外のブロアーの配線のコネクター番号とブロアーリレーコントロールリレーの配線が判らないで苦労しました。
結局95年の回路図と98年の回路図そして99年の回路図を色々見比べて、93年には無いHi以外のブロアーをコントロールするリレーの増設、これのヒューズの追加、イグニッション電源の追加が必要でした。アクセサリー電源は93年オリジナルがそのまま使えます。早い話がリレー一個とヒューズを2個追加しなければならないと言う事です。付加部品の取り付けとは異なりACの場合は取り外しを将来的に行う事は無いと考えられるので、所在のハッキリしないところにこれらの物をぶらぶらさせて取り付けるのは、安直過ぎるので、運転席足元の配電盤にこれらを新しいモデルと同じように空いている部分に取り付けることにしました。
電源盤は通常小さい2つのヒューズカバーの蓋とフラッシャーリレーしか見えませんが4本のプラスビスを外すと中には大き目のリレーと大きいヒューズが入っています。トラブルで小さいヒューズを点検しても良好なのにだめだと言う時は此処のヒューズが切れていることもあります。でもこのヒューズの後ろには小さいヒューズが付いているので、大抵そちらが切れるので、まず切れる事はありません。
93年の場合はここのリレーソケットは4個あってヘッドライトリレーとイグニッションリレーしか使っていませんので、このソケットを利用しました。ブロアーヒューズも高年式車の様に此処の空いたソケットを利用しました。更にイグニッション電源ヒューズも此処に取り付けました。ただし、各ソケットは空いているのですが、コネクターは取り付けられていません。そこで以前当方の95年式から取り外した電源盤の端子を取り外して流用しました。
端子を取り付けるのは裏面から取り付けるのでユニットを取り外します。これは当方の場合は外した部品があったので取り方が判りましたが、そのまま闇雲に作業すると壊していまう事があるので、真似しない方が賢明です。そもそもファストン端子が簡単に手に入らないので、出来ないと思います。ACの配線が終わったので如何にか次回のミーティングには途中状態でも乗っていけるようになりそうです。
この他ミリタリー型のLEDライト(デジカメの電池が無くなって写真が取れなかったので、HUMMER JAPAN の部品コーナー参照してください)を取り付けました。当方にはあんな高い物を取り付ける気は全くありませんので友野さんが居なかったら一生見ることが無いと思います。殆どのマーカーをこれでLEDに成りましたけど、問題が発生しました。車幅灯とうの常時点灯のものは良いのですが、LEDは消費電流が少なすぎてウインカーは点滅しません。そもそも最近市販車もLED化が進んでいますが、これのメリットは発光部の寿命が長い、消費電流が少ない事がメリットです。これによって電球交換を前提に設計しないでも良い、配線を細く出来る事です。したがって、通常の電球用のリレーでは前後の球切れと同じように点灯しなくなってしまいます。
新しいウインカーはメインが赤で下の部分を通常の軍用ランプのように小さい部分をウインカーにしようとしましたが、暗すぎて危ないので後ろのウインカーは竹下君がハーレー用に買ってあったバイク用のウインカーを増設しました。これで電流量が増えたのでキチント点滅する様になりました。センタートンネルは友野さんが95の物にレザーを自分で張ってきましたので、そのままつけようとしたところ、切り欠き部分にレザーを巻き込んで貼り付けていたためトリミングしました。破損部分は接着剤で張り合わせて、裏側にフラットバーを接着して補強しました。バンパーも固定し、エアー漏れしているCTISも補修して、後は室内をトリミングして仮完成目前です。
白石さんが佐藤画伯と一緒にMBでお見えになりました。このMBは以前LAからボロボロの状態で輸入され4X4 MAGAZINE誌でレストアの様子が連載されているものです。エンジンに厚めのスリーブを入れて排気量を下げて、5ナンバーで登録されています。落ちたパワーは圧縮比を上げてパワーアップをしているそうです。助手席に白石さんリアーに是枝君と竹下君という4名乗車で試乗をさせていただきましたが、このMBは乗るために作ったと言われるだけあって快適でした。新車の様なMBは、ブレーキを三菱のものに代えて電装も12Vになっていますのでスターターの回りも良く、現在の交通事情にも十分対応できた乗りやすいMBでした。


 

2003.9.17.    松原義明氏

宿泊の件ですが、新たに、田鍋さんと鈴木さんが加わりました。これで、10名となりましたので、あと1名余分があります。
先日、H2の初乗りで熱海方面に行ってきました。現状では、H1よりも注目されるかも知れません!
写真は、プレデターやリンチに注文してあるパーツを組んでからにします(笑)。ミーティングまでには、組みあがる予定です。

2003.9.16.    石飛 毅氏

久しぶりに3連休なのでどっぷりガレージに・・・のつもりでしたが、此処の所出てばっかりだったため、奥方からどやされて土曜日は実家へ9ヶ月振りに帰り、墓参りをしてきました。
9ヶ月と言う事は、正月以来行ってないということで、あまりにも酷すぎると両親に怒られる。ポロッと隣町の柏には4回ほど行っていると言った所、逆なでしてしまい3倍怒られる。家に帰ると時差ぼけでテレビの前でゴロンとしたとたんに激睡魔。遠いいところから奥方の「翼(中3の息子)の自転車もう2ヶ月もパンク修理してって言ってるのに何時やるの?」と聞こえてたけどそのまま熟睡。おかげで翌朝は早朝に目が覚めそのまま支度して出かけようとしたところ、奥方からてんこ盛りの嫌味を言われ、のらりくらりとかわして出発。
「ガレージ行きたい病」も約1月の薬切れの禁断症状が出て関越に乗った所、大渋滞。久しぶりに友野号の前に立った時は9時を回ってしまいました。起きてから3時間も無駄にしてしまった事になります。永倉さんは当方より早く来てハーレーのトライクをしこしこいじっている。今までエンジンの調子が今一で半年以上乗り回していましたが、オリジナルに拘って居ましたが、先週点火コイルを新しい物を購入して、交換した所調子が良くなり今までには考えられないガス欠になるまで川原で走れるようになりました。この永倉さんはガレージに来た方はご存知でしたが、このハーレーの後ダッジタウンワゴン2台、パッカードとレストアをする予定でしたが、ハーレーで足掛け4年掛かった事を考えて板金やさんに入っていたタウンワゴンを如何にか出来そうな門間さんに譲る事にしたそうです。このままでは死ぬまでに終わらないという判断は賢明でしょう。それに莫大なお金を(当方基準)かけて、そのままゴミになるより門間さんなら何時か「海」にでもいける可能性が高いはずです。
そのうち竹下君とヒロシが来て久しぶりに修理隊勢ぞろいしました。暫くすると勤務先の会長がエンジンオーバーホールしたジャガーマークUで登場。「調子は?」と聴くと「絶好調」だけどホーンとウインカーのインパネランプが付かないので、簡単だから此処で修理すると言い出したので放置。ところがホーンが鳴らない原因はステアリングシャフト内の配線が断線している事を発見したらしく、それ以上はいじらない方がいいというのに、何かゴチャゴチャ作業を続けて当方が目を離した隙にハンドルをシャフトごと抜いてしまいました。抜く時にアウターチューブ内にパーツを落としてしまい。コラムを外さないと車をひっくり返さないと取れないので結局当方がコラムユニットを外して抜き取り修理完了。家に帰るのが遅くなったので会長は泊まるというので当方もガレージにお泊り。翌朝夜明けと共に帰って行きました。
友野号は噴射タイミングを色々変えて調整を完了して、試走したところ納得できる感じになりました。車内は訳の判らない配線が散在しているので、とりあえずノーマル状態に一回リセットして、高速走行とかのテストをする事にして、まづACをキチント動かす事に集中しました。汎用のエアコンであれば配線が簡単ですが、95モデル用の最新ACユニットを93に付ける訳ですから、95、98の配線図とにらめっこし配膳図の無い93の実態をテスターで当たって一本づつ配線を確定し、回路は如何にか掴めました。ユニット自体の取り付けは、最後のバキュームポンプの取付けを行い、後は、リレーを一個追加して終了です。配線、特殊ファストン端子が無いためこれを来週手に入れればACのガスを入れることが出来ます。
ガレージに新しい備品が入りました。暑い時期を乗り越えるためのスポットクーラーです。工藤さんが冷夏のための処分品を手に入れて来てくれたのですが、アセモに弱い当方には助かります。キャスターもあるので移動も楽で便利です。暑い日もこれで安心。
当方のガレージの前の道は近所にカルフールが出来てから時々渋滞します。ガレージから橋のたもとの交差点は橋を渡る車の方が多いので時々対向車線にはみ出して追い抜き直進していく車が沢山居ます。いつも危ないと思っていましたが、ついに今日接触事故がありました。当方のガレージから出るときは注意してください。
ETC取り付けて6月経ちますが、本日初めて動作不良がありました。高速の入り口で動作しなくてゲートが開かないので急ブレーキを踏んだ所中の荷物がゴチャゴチャ。どうしたらよいのかそのまま停止していると何処からとも無く声がするので見回すと運転席と反対側にインターホンがあり、そこの小さなスピーカーからおじさんが「そのまま待ってて!」と叫んでいる。2〜3分待っていると係りの人が2人来て小さな発券機から通行券を取り出し「出口でこれと一緒にカードをで出てくれ」と言われ「お手数掛けます」と頭を下げられたのでそのまま文句も言わないで帰って来ました。もっとゲートの前で読み取り位置を明確にして認識してくれれて表示にでかく「停止!」とか「ストップ!」とか出してくれると判りやすいし、折角表示板もあるんだからその後どうしたらいいか指示して欲しい・・と思いました。帰ると自転車のパンクは修理されてて、奥方は言葉を交わしてくれません。どうもミーテイングの日程をカレンダーに書いて置いたのですが、その上にその字より大きな文字で、「翼 運動会!」と書いてありました・・・どうしよう。

2003.9.11.    松原義明氏

ハマーミーティング 宿泊希望の方へ
今回、宿泊所として貸し別荘を予約してあります。ただし、ここは11名までしか宿泊できません。
現在、宿泊幹事の方で把握している宿泊者は

石飛、友野、浅井、工藤、浜本、廣田、大井(敬称略)、と私の8名です。

あと残り3名ですので、ご希望の方は、幹事松原までメールにてお知らせ下さい。 york@zf6.so-net.ne.jp
もし、11名をオーバーした後に希望された場合は、各自で寝袋等を用意していただき床に寝ていただく事になります。また、その方も貸し別荘代の割勘分はかわりませんのでご容赦ください。

2003.9.9.    石飛 毅氏

CCV誌 石川編集長がロシア本土取材旅行から帰国され、モスクワでH2を見たそうです。
社会主義国も変わって居るんですね。当方もLAの南側に滞在したのは、関根さんのHUMMERを見に行った以来4年振り位で、ずいぶん車の様子が変わっていました。今は少し勢いが落ちてきましたけど、好景気であったためか走っている車がずいぶん小奇麗になっていました。以前(10年前)はそれこそボンネットやドアの無い車が走っていましたけどそういう車は殆ど有りません。サフェーサーで走っている車も殆ど見なくなりました。中には未だ日本ではありえないようなボロも走っていましたけど働く車以外はあまり目を見張るような車はありません。
情報伝達のスピードや流通のスムーズさで、アメリカの車に関しては西海岸と日本の差は殆ど無いように感じます。現地でプレミアムの付いている様な最新型車(サンダーバードとか)はもちろん日本より多く走っていますが、最近日本でも良く見るH2は本当にウヨウヨ見ます。このほかにはピックアップは圧倒的にシボレーからダッジが優勢で、フォードはさほど落ち込んでいないようです。SUVの方もシボレーのタホ、サバーバンは減少して、その代わりエクスペディション、ナビゲーターが幅を利かせています。アメリカでは四角い形のシボレー系より爬虫類系のフォードの人気が高いようです。ドンドン高額車志向は強くなっている事は走っている車を見ると良く判ります。
だからGMはHUMMERブランドが欲しかったんですね。最初トーラスが出たときに「何だこれは!」と思ったのですが、アメリカ人の嗜好に合っていたんですね。アメリカが大きなマーケットの日本のメーカーが追従しているのが良く判ります。ソアラは横から見るとどちらが前か判断できないような、形で好きではありませんでしたが、なぜか馴染んでいました。景気がいいおかげで、以前、当方の興味の対象であった車もこちらの人は単に古くて安いから乗っていただけで趣味で乗っていたのでは無かったのですから、安価で新しい中古車が流通すれば簡単に乗り換える事は明白です。従って、全体的に興味の沸かない車ばかりになっているようです。
H1の方ですが、本当に見ません。今回訪問した会社の方々との雑談でHUMMERに乗っているといった所、皆さんH2だと思ったようで「H1に8年乗って居る」と言った所かなり驚かれました。こちらでもH1オーナーは変人扱いです。

2003.9.7.    石飛 毅氏

書き込みが滞っていて申し訳ありませんでした。未だアメリカに居ります。
ビッチリ仕事が詰まっていてHOTELに着くとバタンキューと言う状態だったので、時間が取れませんでした。HUMMER事情ですが、初日にハリウッドで一台サンディゴで2台見ただけで相変わらずアメリカでも滅多にお目に掛かれない状態です。それに替わってH2はボロボロ見ます。やはり日産2台と日産100台の差は歴然です。サンディゴは気候が良いため、沢山のお金持ちがリタイヤした後に移り住んでいる方が多いそうで安全でなんとなく余裕の感じられる所です。砂浜に面している今回訪問した会社のオーナーの家に招待されましたけど300坪ほどの家で、秘書の話では、土地代だけで19億円だと言ってました。この方は、メインの仕事から引退している爺さんだけど色々なベンチャー企業に投資してて優れた技術が売り込まれると、それを買い取り更に優秀なメンバーを集めて製品化するというゲーム感覚で仕事をしています。
ちなみに今回集まった方々はドイツ人、イギリス人、スイス人、エジプト人、メキシコ人のドクター資格を持ったメンバーばかりで一線を引退した方に混じってケンブリッジ大学の現役教授や哲学者までいて、ただのサラリーマンはオイラと同僚の2人だけでした。そんな場所での仕事でしたが、仕事に対する姿勢はユニークで、朝は厨房でコーヒーを飲みながら全員大げさなご挨拶で始まり、服装はカリフォルニア基準の普段着、ミーティング中も、ドーナッツやチップスを食いながら新しい統計学の解説を聞いたりしています。そのアンバランスはあまりにも大きくて日頃は不良サラリーマン代表のオイラもカルチャーショックでした。
同僚は辞めろと言うのにネクタイをしていったのですが、初日に「それを取れ」と言われていました。最近の日本も成果主義に移行していますが、アメリカではこの度合いが強くて自分の分担に精力的に仕事を進める事はもちろん、全体の仕事を成功させるためにものすごく積極的です。今回はこれだけのメンバーが揃っていても足らない部分の補充に呼ばれたのですが、サハリン帰りで十分な時間が取れなかったために徹夜で仕上げた図面を持って行ったのですが、先方のニーズと偶然合ったため当方が当惑するほどの評価を受けてしまい、ほめ殺しじゃ無いかと思うほどほめられ調子に乗っているとヤッパリ落とし穴があって、帰国後大幅なキャパシティオーバーな量の仕事を突っ込まれました。それは「無理」と抵抗しましたが、彼らの殆どは会社はミィーティングの場所で、自宅にオフィスを持っていて、そこがメインの仕事をする場所の様です。その感覚で仕事を突っ込んできます。仕事の内容も高度で緻密。噂で聴いていたアメリカ人は大雑把とか仕事をしないなんて言う事を信じていましたが大違いでした。
全体的には確かにそう見える所は多々ありますが、今回接した部分では遅れちゃうと言う感じです。もう一つそういう方々の収入が桁が違うと言う事も日本と大違いだと言う事です。結論、日本は技術力は高くても給料が安い!と言う事です。今回我々のお世話役のおっさんの家にも行きましたが那須PSガレージぐらいの敷地に14個の部屋がある家で、プールはもちろん、趣味の天文台までありました。「この程度のおやじでこれかよ!」と思うととてもむなしくなりました。当方もHUMMERオーナーであることや渡米回数を聞かれて答えただけで勝手に判断されて、お前の家は部屋が幾つだとか聞かれて泣き笑いしながら出すVサインを出してトイレの数だとしか言えませんでした。
サンディゴからLAに帰る途中に当方が8年前にHUMMERを購入したハンティントンビーチHUMMERに行ってきました。その時当方が購入したシルビア姉さんがおばさんになって未だ居ました。彼女に当HPを見せて572HUMMERを見てスゲー驚いていました。彼女はドイツ人でドイツにもHUMMERを沢山送っているそうです。(この部分は重要!)HUMMERはクライスラーの車の中に10台ほどありましたが、半年前には沢山売れたみたいですけど最近は低調で、希望販売価格を聞いたところ大大大バーゲンプライスで日本のオークションで95年HUMMERが700万ぐらいで出ているといったら2台でか?といわれてしまいました。興味のある方はハンティントンビーチHUMMERのHPを見てください。その価格から大幅なディスカウントがあります。ただし、国内での登録は来月から絶望的な状態であるため買っても登録できない可能性が高いです。実際に10月になってみないと判りませんが、厳しい状況です。当方の知っている改善屋さんに聞いたところ、3.5t以上のHUMMERには鬼のブレーキテストが必要で、これはヨーロッパ基準の流れで決められててHUMMERがヨーロッパでキチント登録されている事が証明されれれば、免除される可能性があると言ってました。シルビアさんの話ではドイツに送っているそうなので、旨く書類をそろえる事ができたら、登録の道に一筋の光が見えます。

 2003年8月